しあわせなひとたち
佐々宝砂

二次会に行く同僚にさよならを言って
いつもの店に入る
カウンターに坐る
カウンターには
少しくたびれたフラワーアレンジメント
アルストロメリアだけはまだ綺麗

キープしてあった焼酎を出してもらう
ボトルに書いてある私自身の名前が
ずいぶんと汚くていやになる
私が書いた私の名前は
どうしてこんなにも醜く見えるのだろう

隣の席に坐っているのは
この店でよく見る男
私には買えない高級ウイスキーを
ひとり静かに旨そうに飲んでいる
ウイスキーのボトルには名前がない
この店でそのウイスキーを飲むのは
彼ひとりなのだろう

私もひとり静かに旨そうに
酒を飲んでみようとする
彼我の酒のグレードはあまりに大きく違うのだけれど

突然
後ろのボックス席から
グラスの割れる音がする
叫び声があがる
乾杯するのに力をこめすぎて
グラスを割ったらしい

「しあわせなひとたちですね」

隣に話しかけてみる
隣の男は顔の半分で笑ってうなずく
私は笑い返して煙草に火をつける
煙を吸いこむ

「旨そうに煙草を吸いますね」

ああそうなのかそうなのかもしれない
それならそれでいいのかもしれない



パキーネ(Pakiene)名義で発表。


自由詩 しあわせなひとたち Copyright 佐々宝砂 2004-11-22 16:47:43
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