空の青、海の青
佐々宝砂

おえべっさんの縁日には、
なんでもいいから、
ちゃんと尾っぽと頭のある魚をそなえるンだよ。
シラスでもいいかって?
シラスじゃあんまりだ。
せめてジンダァくらいにしとけ。

猫マタギっちゅうて嫌って普通あんま喰わんけど、
ジンダァもあれでなかなか旨いンだ。

戦争ンときの地震で家が壊れて、
喰うもんないから前浜で釣りして、
餌もなくて餌がわりに毛糸で釣ったもんだから、
ジンダァしか釣れなくて、
おれ、そのときはじめてジンダァ喰った。
あんなもん喰うもんじゃないと思ってたが、
旨かった。

ギラギラひかったジンダァのうろこ。
腹が減って痩せこけて、
目ばかりギラギラしていたおれたち。

世の中には色がなくて、
色気もなくて、
それでも空と海だけは青かった。


おれ、特攻隊に入りたかった。
乗るンなら零戦だ。
お国のために死んで空の青に溶けるンだ。
だのに兄ちゃんが乗ったのは回天だ。
特攻隊だけどもかっこよくない。
人間魚雷っちゅうやつだ。

空ならいい。空で死ぬならこわくない。
でもおれ、人間魚雷はこわかった。
なんつっても魚雷だ。
這いつくばってやっとひとり入る狭さだ。
それで突撃する。
潜るのは海だ。
狭くて暗くて息苦しい魚雷で突っ込んで、
海の藻屑だ。

おっかねえ。

おれは前浜で釣りをしながら、
兄ちゃんのことを考えた。
ジンダァ喰いながら、
人間魚雷のことを考えた。
海をみるたびに考えた。
おっかなかった。
海で死ぬのはごめんだ。
いくらお国のためだって、
海の青には溶けたくねえ。


でもな。
思ったようなことじゃあなかったンだよ。
空の青も海の青も同じさ。
神風で死んでも回天で死んでも同じさ。
お国のために死んでも腹減って死んでも同じさ。
国盗って死んでも国譲って死んでも同じさ。
死んじまったら死んじまったさ。

おれ、ジンダァ喰ったあとなんにも喰えなくて、
腹減って腹減ってふらふらして、
海に落っこちて、
それっきり、
で、おれ、ここにいる。

おれだけじゃねえ。
魚雷で突っ込んだ兄ちゃんもいる。
満州で殺された姉ちゃんもいる。
マラリアで死んだ兄ちゃんもいる。
軍需工場で焼かれた姉ちゃんもいる。
みんないっしょくただ。
英霊なんかじゃねえ。
ただ死んでるだけだ。

おまけに今もやっぱり腹が減ってるンだ。
生きてるときに腹すかしてばっかりだったからな。
ここには青い空と青い海があるばっかり、
青はきれいだけど、
腹の足しにはなんねえ。


だからおえべっさんの縁日には、
ちゃんと尾っぽと頭のある魚をそなえておくれ。
ギラギラするジンダァでいいから、
そなえておくれ。

青い青い海の青い青い島で、
おれたち死んだものたち、
あんたのそなえる魚を待ってる。

青い海の青柴垣あおふしがきの下側で、
おえべっさんも待っている。




おえべっさん
 俗に言うえびす様。正しくは事代主、コトシロノヌシ。
 おえべっさんの縁日(恵比須講)は11/20。

ジンダァ
 正式名称ヒイラギという小魚。
 ジンダベラ、ギンダベラとも言う。

戦争ンときの地震
 第二次世界大戦中、東南海地方で起きた強い地震。
 戦時中だったため被害の全容は不明な点が多い。

青柴垣
 あおふしがき。事代主は国譲りの後、
 青柴垣に隠れた、すなわち入水したと言う。


自由詩 空の青、海の青 Copyright 佐々宝砂 2004-11-22 16:22:14
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