黄金仮面
佐々宝砂

吹き飛ばされてゆくのは、
化学物質と化合して変質した砂。
ちらほらと咲いているのは黄色い蝋梅、
しかしあれも本当はプラスチックでできている。

再び虫たちの夏がくることはあるのか。
氷河はきのうと同じように後退する。
月は先月と同じように欠けてゆく。
でも、もう夏がくることはない。
気温が上昇しても。
地球が温暖化しても。

この金泥のまひる、
きみは黄金仮面の扮装なりをして、
ステッキで空を打つ。
いくら打っても懐かしい春雨はもう降らないのに。

どこかで春雷が光っている。
たぶん、遠い海の方で。
けれど海なんてまだ残っているのだろうか。
大地はすっかり乾いてひびわれた。
なまめいた生き物たちはもういない。
ただ生き残った数匹の蟻が断末魔の痙攣をしている。
打ち上げられたまま赤錆びた船がつくるわずかな影のなかで。

金色の砂が降り積もってゆく。
静かに。確実に。
ああ、もしかしたら、ここは海の底なのかもしれない。
だからこんなに静かで。
こんな静かなまひるならば、
きみに告げることができるかもしれない。

 沈んでゆく。
 きみの手の届かないところに。
 だからさようならと言いたかったのだけれど、
 さよならを告げる資格さえもないようなのだ。

きみはなおもステッキで空を打っている。
金色に塗りつぶされた明るすぎる海辺で。



(連作「中有の物語」より)


自由詩 黄金仮面 Copyright 佐々宝砂 2004-11-16 05:21:05
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