キリエ
佐々宝砂

奪われたものは奪われたままに夜は消え
春をいろどる明るい粉は素知らぬ素振りでダンスする
海はかたちあるものを映すことができずただ光を反射し
あまりに眩しいので虫たちはみな死に残るのは切り絵だけ

語れないものは語れない猿轡のなかあぶくたち
きみの指は精妙な機械のように精確に剥がしていった
少しずつしかし確実に剥がされていくものは皮膚でも仮面でもなく

ゆがんだ怒号かすむ砂上にきみだけが星座の輝きで座標を示したが
気づけば星座はほどけてゆく星座を信じてよかったか
無論ほかに信じるべきものなんか何ひとつなかったが
指の汚れをひどく気にしてきみが頻繁にその手を隠すので
まっしろな空に星座を探すのはひどく困難だ

どんなに洗ってもその血は(この血も)とれないのだからどうか
と言いかけるのだけれど「どうか」の先に続く言葉はどこにも見当たらず
煙がほのかにたちあらわれでもそれが愛でないことはきみも知っていて
くるんと宙返りしたきみの姿は見えなくなる

でも

色褪せた切り絵いくども鋏を入れいくども貼り直した切り絵に
指の痕が残っているきみの指の痕だ




(連作「中有の物語」より)


自由詩 キリエ Copyright 佐々宝砂 2004-11-12 04:19:53
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