聖餐
佐々宝砂


  氏ねと命ぜられて
  氏者よ
  おまえはどこに逝くか



輝く油膜を見つめている
四日頃の月が
黄砂にけむり
ここは沼のほとり

膝のうえにゆっくりおりてくる
天からの贈物は
 
青光る翅に紅を散らした甲虫
麝香の香り漂わせた黒蝶
薄青い肌に茶まだらのちいさな蛙

逃げようともしない
これら美しい彩りのいきものを
ささげもち

沼に足を踏み入れる

ぶくぶく泡立つ汚泥が
やわらかく冷たい指のように
足を撫であげるので
いくども転びそうになる
 
沼のむこう
しらじらと明るい
コンビニエンス・ストア
ゆかねばならない
あのひとに
この虫たちを届けるために
 
胸までどろどろになって
融けてゆく
油膜になってしまう
それでも
ゆかねばならない
虫たちが励ましてくれる
逝け と 氏ね と

唇は泥に閉じられ
耳はノイズにふさがれ
ただ両の眼だけが光をとらえ
夜明けまでに
きっと氏ぬだろう
だから



  氏ねと命ぜられて
  氏者よ
  おまえはどこに逝くか





(連作「中有の物語」より)


自由詩 聖餐 Copyright 佐々宝砂 2004-11-12 04:17:46
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