絶え間なく流れ続ける音楽のこと
及川三貴

窓という窓から一斉に解き放たれた歌声は高く細く僅かな演奏もなく途切れを知らず続く
町並みがあってそこに海が確かに在る水の苦しいまでの堆積 遠く目を細める先に錆色をした潮流 空が低い
音楽でない全て言葉の中に無機質で甘美な罪のようなものがあることを知った空中に浮いた三階
栄華を誇った古代の空中庭園が砂の中に消えたことを知ったのは随分と時間が経ってからだった
午後の日差し 顔をゆがめて泣く彼女 すこし離れた距離で わたしはかなしいことがかなしいということがわかった
この大気を震わせる音楽や声はあらゆる広さに沁み通り充満している それは単純な熱の法則に支配されていている 力の総量は変化しない
潮 岩 砂あるいは流木の上を彼女は歩いて進む水がこんなにも近くにあって夜の複雑な美しさが音楽を奏でる
泣いている?どうして?かなしいことがかなしい?
昼すぎの陽の陰りが記憶の中心で 靴を履いたままそっと水の中に右足を差し出して前に進んだの
あの日から流れていた音楽が彼女を包み込む


いいえ、そんなものじゃない
なにもかんがえられない

いきたい

と水に問いかけたかどうか


私が知った力の中で私から発せられた言葉の中であの時程に残酷な言葉は存在しない
遠く離れた場所から帰ってきた彼女は抱き締めれば抱き締めるほど水が溢れて膨れあがった顔は観ることさえかなわない
海、港町の匂いは潮の香りなんかじゃない、生き物が死んで腐敗する香りなんだ 貝 魚 人 そして音楽
遠く離れた町で戦争があって誰かが死ねば心痛める涙は近い将来私を部屋の中に閉じ込めて窓が閉じられる 彼女の声を音楽を聴こうと必死に耳を澄ませて同じように 彼女をそうさせたように私を殺すだろうか
あの日彼女を泣かせてしまった言葉には確かに力があってそれは法則によれば彼女の音楽をかき消すほどの 暴力 いいえ一つの熱の事

長い長い音楽が高く細く続いて終わる
細い声は余韻も残さずに終わる


自由詩 絶え間なく流れ続ける音楽のこと Copyright 及川三貴 2010-12-06 22:06:33
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