無縁仏
岡部淳太郎

だあれもいない夜に私はたっています
それは夜のくらさのためではなく
そのくらさが私の影とまじりあうからでもなく
ただ私がどんなものともつながっていない
無縁のものだからなのです

とおくふかいしずかな裂け目から
ちろちろと川のながれるおとがします
それをはいけいにして私はただの
ゆうれいとして橋のたもとにまちかどの
柳の木のしたにむすうのひとりとして
なににたいしてもかかわることなく
なにももたずにたっているのです

私はけっかではなくただの
  けいかとしていつも
ここにいるのです

あるいはへいたんですべりやすい
無縁のこえが死産したものとして
私はひざいとともにそんざいするのです

どんなしゅぞくにもけいるいにも
かかわりなくぼんやりとさんざいする
そんな私を生きている人たちは
絶たれたものとして仏と呼んではとおざけます
けれども私はそんなものではなく
あるいはたとえば鬼のようによこしまな
ものでもなく私はただ死んでいるとちゅうの
夜の湿気のなかにひろがっていく
さだまらないかたちでしかないのです

夜がふかまってちろちろと
あわくもえる線香のようなこころが
口をあけてちっそくしているとき
卒塔婆がくるいまあるい月が
おしつぶされていきます
そのとき私のゆうれいのかたちは
ますますとうめいにひろがって
どこまでもうすくひきのばされて
眠る人のまくらのそばにまで
ゆっくりとはいよってくるのです

私はちゅうだんされて
  けいぞくされて
ここにいるのです

あるいはそこにもどこにでも
無縁のさびしいかごうぶつとして
私はせんざいしへんざいするのです

どうせすべては無縁
ながいときがたてば
どんなつながりも絶たれて
糸を切られてぶらりとぶざまに
私とおなじくさびしくなるのです

だあれもいない夜です
だれもが無縁にちらばって
だれもが仏とか神さまとか
わけのわからないけむりのようなものになって
夜をおいかけてはたたずみつづけるのです
それはこの世のおわり
世界が死んで
私だけがここにいるのです



(二〇〇八年六〜七月)


自由詩 無縁仏 Copyright 岡部淳太郎 2010-05-23 22:19:48
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