幽霊坂
岡部淳太郎




幽霊坂という名前の坂は、東京都内にいくつも点在、
していて、神田淡路町、目白台、三田、田端など、に
ある。これらの幽霊坂は昼なお薄暗く幽霊でも、出そ
うだということから命名されたとのことだが 実際に
歩いてみると、いくつかの坂は現代の中で、埋没して
なんの変哲もない道と化しているものの、別のいくつ
かは往時の面影をとどめて、時間の中、から取りのこ
されているように見える。これらの、坂道を息を切ら
せて上ってゆくのは若年を過ぎて、中年にさしかかっ
ている身にとって辛いことでは、ある。坂道は下るも
のではなく、あくまでも上る、ものであるという奇妙
な考えが私にはあるのだが、もしも幽霊がこの坂を徘
徊しているのだとしたら、彼または彼女は中年どころ
かもっと長い年つきを、ひとり過ごしてきたに違いな
いのだ。そう思って、私は古びた身体を奮い立たせて
往時の幽霊に会う、ために坂を上る。私は左右から迫
る壁や木の梢に、囲まれた狭い溝のような坂を上って
ゆく。東京と、いう郷土の土のにおいが幽霊という観
念を育てて、それが地に縛られた思いを醸成する。こ
の坂道を、上りきれば現代の時間がいっしゅんにして
幽霊を、忘れさせるだろうが、いまは過去のみが正し
いと、思われる。横から伸びる枯尾花がほほをなでる
と、蹲っていた幽霊が立ち上がり、往時と同じように
、この坂道を果てしなく往復する準備を始めるのだ。



(二〇一〇年五月)


自由詩 幽霊坂 Copyright 岡部淳太郎 2010-05-18 07:43:16
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