記憶の感覚
空都

ずっとずっと遠くまで私を背負ってくれたあの人。


あんな公衆の面前で
無茶なお願いをした私に
仏頂面のまま
それでも、背中をさしだしてくれたのは何故ですか。

その薄くて柔らかな皮膚の下の
硬くてしなやかな筋肉が
ゆっくりと動いて
私を地面から持ち上げた感覚を
私は未だに忘れることができません。


痩せていて背の高いあなたは
実は、とても優しくて強い人でした。


そのまま普通に歩きだしながら、
あなたはその、耳に心地よい低い声で
他愛もない話をしてくれましたね。
わたしは精一杯それに応えていたけれど
本当は泣きだしたい気持ちでいっぱいでした。


あなたがそんなに楽しそうに笑ったら
この長い旅路は
すぐに終わってしまいそうで。



そんなことを考えながら
嗚咽をこらえていた私に
あなたは気付いていましたか。


私とあなたの衣擦れの音や
歩くときの息遣い
地面をける靴の音
無邪気な笑い声や
支えてくれた腕と指
そして
私をふわりと降ろして遠くなる薄い背中。

あなたに背負ってもらった記憶は
今ではもう、うすい靄のかかった
曖昧なものでしかないけれど、
そのなかで
それらは私の大事な感覚として
今でも鮮明に残っています。


目覚めたとき
街を歩いているとき
眠っているとき
そっくりな感覚に出会う度に
また本物では無かった、と
泣きだしたくなる私はどうしたらいいのですか。

もう二度と忘れることはない
あの人に
もう二度と忘れることはできない
あの人に
私の想いを伝えるすべは
残されてはいません。

それでも、
会いたい
聴きたい
触りたい
と思うのは
私の我が儘なのでしょうか。


自由詩 記憶の感覚 Copyright 空都 2009-12-29 14:04:18
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