小田急線
岡部淳太郎

水のように流れ
人のように往来した
そのほとりからいくつもの
日常と非情がわき上がり
その沿線はいつもどこか湿っている
鬼門に向かって伸び
裏鬼門へと帰ってゆく
その繰り返しの中から
不吉な何ものかが出来する
余地はあるか
怪しい獣や星の人が跳梁し
列車が空に浮かび上がるような
この世のものでない物語が
静かな生活へと割りこむ
隙間はあるか
川を渡り
隧道を潜り
読めない表情のような
のっぺりとした平野を駈けぬける
今日も人びとは
いやされないロマンスを
個的でおおっぴらに出来ない
秘密を抱えて乗りこむ
そびえる建築と歴史の
間をぬって這い進む
小田急線よ
いまだ出会えない運命の背後から
ななめに突きさされ
ここから先は各駅停車
ひとりの人のこころのような
荒涼とした田舎の風景だ
いまこうして鬼門から戻ってくる私は
その裏にある不吉なものを予感しながら
通過することの出来ない苦悩のために
家路へと向かう





(註1)小田急線――神奈川県と東京都を走る私鉄電車。新宿-箱根湯本を結ぶ小田原線をはじめ、江ノ島線と多摩線の二つの支線がある。
(註2)「鬼門に向かって伸び/裏鬼門へと帰ってゆく」――小田急小田原線の上り電車は箱根、小田原から新宿へと北東の、いわゆる鬼門の方角へ延びている。逆に下り電車は南西、裏鬼門に向かうことになる。
(註3)「怪しい獣や星の人が跳梁し/列車が空に浮かび上がるような/この世のものでない物語」――特撮テレビドラマ『ウルトラマン』で有名な映像製作会社円谷プロダクションは、小田急沿線の世田谷区祖師谷にあった(現在は移転)。その発想から、『ウルトラ』を始めとする円谷作品によく登場した怪獣や星人(宇宙人)を登場させた。また、次行の「列車が空に浮かび上がる」は、円谷プロ製作の『ウルトラQ』(一九六六年)第二八話「あけてくれ!」から。この話に登場する空飛ぶ列車、?異次元列車“は、小田急の特急電車(通称ロマンスカー)をそのまま使用している。一九六〇年代から七〇年代にかけての円谷作品には安上がりという単純な理由から、会社の近所をロケ地に選ぶことが多く、そのため必然的に小田急線の列車が画面に映りこむことが多かった。
(註4)「今日も人びとは/いやされないロマンスを」――小田急線の特急電車ロマンスカーからの発想。
(註5)「そびえる建築と歴史の」――小田急線上り電車の終点新宿には、駅の西口に新宿副都心の高層ビル群がある。反対に下り電車の終点近くの小田原には、戦国時代に後北条氏が居をかまえた小田原城がある。
(註6)「小田急線よ/いまだ出会えない運命の背後から/ななめに突きさされ」――友部正人の歌「一本道」の「中央線よ 空を飛んで あの娘の胸に突き刺され」から発想。ここで「ななめに突きさされ」となっているのは、小田急小田原線が箱根湯本、小田原から新宿へと、視覚的にななめに走っているように見えるからである。
(註7)「ここから先は各駅停車」――小田急小田原線の急行下り電車は、新宿から本厚木までは主要な駅に停車するのみだが、本厚木から新松田まではその間にある八つの駅すべてに停車する。駅や車内のアナウンスでも、「本厚木から新松田までは各駅に停まります」と言っている。また、小田原行きの急行電車で時折、新松田から小田原までも各駅に停まる場合があり、そうすると急行であるにも関わらず、本厚木以降は完全な各駅停車ということになってしまう。なぜ本厚木以降は各駅停車なのか。おそらく本厚木から先はベッドタウンであるからだと思うが、筆者はよく冗談で「小田急の見解では本厚木までは都会で、そこから先は田舎だということに違いない」などと言っていた。なお、筆者の住んでいる秦野市も、この各駅停車区間内にある。




(二〇〇九年八月)


自由詩 小田急線 Copyright 岡部淳太郎 2009-08-31 07:28:39
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