夏の匂い

春から羽化したばかりの夏が濡れた羽を引きずりながら
お前の耳にそっと秘密を囁く
笑うことも泣くことも出来ないままに
お前の身体はその秘密に切り裂かれる

夏が乾きたての羽を羽ばたかせて
見えぬはずのあの地へと飛んでゆく
約束をたがえたことなどないのなら
初めてでも道に迷いはしないだろう

蒸し暑い空気の詰まったがらんどうの部屋
四角く切り取られた灰色の空
床の上 赤い銀河の中心となり
横たわる小さなもう一人のお前

ここから遠く離れたあの地で交わした
約束の許に
秘密に後ろから瞳を塞がれて
お前は静かに呼吸を止める
梅雨空を流れる重い雲の軌跡
かすかな硝煙の甘い匂い
響き渡る耳鳴りはもう止められない

夏の羽は乾ききり 千切れ飛ぶ
秘密に切り裂かれた身体を抱いて
錆びついた約束をその胸に静かに埋め込んだ
お前を残してこの部屋から成層圏へと飛び立った
お前の夏は二度と帰ってこない


自由詩 夏の匂い Copyright  2009-03-16 00:50:33
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