夜が遠い
飯沼ふるい

駅前の公園で
大人になることをまだ知らない僕は
彼女の帰りを待つ友達のふかした
煙草の煙を吸い込んで
萎れた茎のような心を直視してしまう
どうしようもないから
雲の多い夜空を見上げた
それは悲しみだ、
逃げ道を探すように
なぁなぁに過ごしていた
青春への。
 
苦い残り香が奥歯に染みて
思い返すのは
生きることの主人公でいられた
幼い僕の
したたかな明るさ
 
ベンチに座る僕の背骨は
次第に膨らむ
その巨大な幻を背負い込み
身を引きちぎるような感情に一閃
また一閃と
えぐられるたび
まるく、まるく、
頼りなく萎れていった

猫背の僕に苦い煙が
おんぶをせがむ
それを拒める理由など
あるはずもなく
友達が煙草を吸うのも
たぶん
ため息をごまかしたかったから
彼の瞳が涯なく遠い
 
僕らは最低限の希望の進路さえ忘れたふりをして
大人になっていく自然を拒むために
立ち止まっているのかもしれない
 
 



「少年」という価値観が
歪み始めた夜に突然鳴る
チェーンソーのようなバイクの排気音
 
藍色の冷たい夜を
必死に切り裂いて消えていく
思い出を破壊しつくして消えていく
いつまでも耳の奥に響いている
回想や逃避を惨殺して
僕らの会話を沈黙させる
そこであることに気付いたのだ
それは世界に静けさを染み込ませる
夜の実在と白く明滅する幾らかの星
忘却の遠い彼岸に置き去りの僕ら
 
この夜や煙や希望や諦めの世界において
僕らはまだ
主人公であり続けているか?

 




友達の彼女は
僕の影をさらっていって
とうとう独りぼっちになってしまう
家路の途中の曲がり角で
千切れ千切れの雲間に広がる
夜空をまた見上げる
 

この夜や煙や希望や諦めの世界において
僕はまだ
主人公であり続けているか?


口笛を吹くように
答えを導くつもりの無い問いを繰り返し
惨めな性根に酔い疵れて歩いた
どんな真実めいた言葉たちも
嘘になっていくのを感じていた


自由詩 夜が遠い Copyright 飯沼ふるい 2008-09-07 10:44:18
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