羊水記Ⅱ
土田

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新宿のアルタ前で見知らぬ人が掛けてくる声のなかには
少女たちの音階がひしめき隠れている

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原始人の言葉を買い取った文学者は
次の日からマッチを擦って大切な論文が書かれた原稿用紙に火をつけ始めた

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今日アイルランドの少女の歌は
マウスひとつで世界にとどいた
けれども昨日のセルビアの青年の叫び声は
銃弾となって世界に響いた

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米粒の橋がかかる寝巻き 恐水病者の涙一リットル まだにほわない言葉たちまたは意味不明のいたずら書きの原稿用紙数百枚 腐れゆく蛙と蝶と雲雀と犬と猫と浅蜊と蛸とばくてりあ 一本だけ弦の切れたマンドリン 先の尖った幅の狭い革靴 非理論的および感覚的なアフォリズム 手品用品一式 渋谷と新宿にある行きつけの酒場数十件
この現実と地続きの現実を出されたり入れさせられたりしている
被害妄想家で挙動不審者サクタロウ氏

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三匹のけもの
皆あした生まれてくる
一匹は少女のすがたで
一匹は少年のすがたで
一匹は老人のすがたで
一匹は言葉をつくることしかできず
一匹は言葉をこわすことしかできず
一匹は言葉を忘れてゆくことしかできず
皆あさって死んでゆく
一匹は消えるように
一匹は燃えるように
一匹は知らず知らずのうちに

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ハードルを跳ぶ少年は
好きな先輩との柔軟体操の時間に
914mmの高さに憂い
指輪物語のホビットになって
どうにかあのバーの下を潜り抜けられないか妄想している

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ぼくたちのための古今東西ゲーム

ぼうしの下の顔のない人
くちべにを塗る赤ずきん
ためらいもなく渋谷センター街でナイフを見せびらかす十五歳の少年
ちょこんと道端に座りその鋭くひかるナイフを見て笑う女子高生
もふく姿のシンデレラ
むしを愛ずる按察使の大納言の姫君
かかしに着せられた罪
したいの腐植土で育つ彼岸花
はじめての夜
少子化問題に頭を抱えるセオ・ファロン歴史学博士
女郎蜘蛛
だたい
つめたい手足
ためいきと吐息の狭間

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アンケートの結果報告書
Q.お菓子の家のお菓子には本当は魔女の毒が含まれていたかどうか?
A.はい 3人 いいえ 2人 わかりません 1人 どうでもいいです 94人

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お父さんはマザーコンプレックスです
お母さんはファーザーコンプレックスです
去年おばあちゃんが今年おじいちゃんが死にました
昨日洗濯物をタンスのなかへしまう時
お母さんのへそくりと一枚の紙切れを見つけました
飼い犬はじぶんの影に怯えてはずっと吠えています

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最高裁判所裁判長
ネイルアート技師
盲人按摩師
山田太郎くんを救おうの会代表
TV番組「世界が100人の村だったら」のVTR編集者
おるがんを弾く保育士
恐山のイタコ
サーカスのライオンと調教師
世界は今も少女の殻を脱ぎ捨てた人たちによってみたされる!


自由詩 羊水記Ⅱ Copyright 土田 2008-06-24 15:43:05
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