羊水記Ⅰ
土田

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せかいが
海のなかで
おるがんをひいている
けれど少年の手が
水を掻きわける音で
それは誰にもきこえない
それは誰にもきこえない
いかだだけが知っているひみつ
それは誰にもきこえない
それは誰にもきこえない
誰にもきこえるはずがないのです

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きのうは大津波でした
あしたはきっと空が降ってくるので
きょうは遠足のまえの日のように
少年は夢のなかに
たくさんの文字を描いて詰めこむのです

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そうしてあさって
海はまたひとつ
しょっぱくなってしまいます
どうか午後の子どもたちよ
もうまぶたを落とさないでください
羊飼いたちが夜を仰ぐころ
少年はまたひとつ
儚くなってしまいます

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少年はさくらいろの貝がらと
せかいじゅうの名まえが乗った本を
うみねこと取りかえました
せかいじゅうでいちばんみにくい名まえを
少年は探しましたが
そのページにはひとつのおとぎ話が
書かれているだけでした

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おおむかしのはなしです
まだひとつも名まえがなかったころ
えいえんという名まえを
のちのちつけられるなにかが
名まえがないいまのちきゅうと
まっくろなところでであったひ
えーんとなきだしたなにかとちきゅうは
だきしめあったといいます

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まっさらなページを
またいちまいやぶって
少年はパズルをつくります
ちぎった千の紙のきれはしたちが
いびつなすがたを現すころには
少年はいつも疲れはてて眠ってしまいます
いいえ
少年は知らぬ間に気づいていたのかもしれません
きれいにととのった文字を
きれいな紙に端から並べていっても
そこにものがたりが熔けてしまうと
真四角にはならないことを
そしていつも手のなかにある
最後の紙のきれはしだけが
このことを知っています

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とおい水平線のむこうがわからは
ときどきとぎばなしが聞こえてきました
ふたつのちがった声でやさしく語られる
そのおとぎばなしの主人公は
どこか少年に似ていました
やがて少年はその主人公の名まえを
せかいじゅうの名まえが乗った本で探しましたが
その名まえはどこのページにも載っていませんでした
その日まっさらなページに
きれいな赤でひとつの名まえが書き足されました

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カリッ!
痛い!

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夢をみる日がだんだんすくなくなってきた少年は
これまでにみた夢を思いだそうとしました
・親とはぐれたイルカをつった少女の夢
・人形たちのおしゃべりを盗み聞きする詩人の夢
・まいにち太陽と月を転がすちいさなこびとたちの夢
・海の底でひらかれる深海魚たちの仮面舞踏会の夢
・空と地面のさかいをむしめがねで調べる私立探偵の夢
そうしてひとりごとを呟いているといつかのうみねこがやってきて
鉛筆と少年がみた夢のはなしを取りかえないかとたずねました
少年はたいへん喜びましたが
うみねこはどこかかなしそうでした

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まっさらなページに
少年今までのできごとをはひたすら書いていました
けれども少年をあらわす文字を知らなかった少年は
とたんにかなしくなってそこで書くのをやめました

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おぎゃぁ!

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これで終わりですがここからが始まりです


自由詩 羊水記Ⅰ Copyright 土田 2008-06-24 15:41:22縦
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