「 ふれてください 」
服部 剛
べろんべろんに酔っ払い
狸のつらでゆれる地面を千鳥足
今夜の
塒
(
ねぐら
)
のねっとかふぇの
個室のドアを開く
うつむいたスタンドの頭に
貼られたシールに書かれた
「 ふれてください 」
千鳥足のこの俺に
「ふれてください」
なんてゆってくれる奴ぁ
お前のほかに誰もおらんぞ
おいこらスタンド
そんなにお前も寂しいか
「 ふれてください 」に
この手をのせると
狭い個室は ぽっ と
仄かに明るくなった
ほんとうは
老若男女御多分漏れず
口にはしない( ふれてください )を
人知れず呟いてる密かな声が今夜は
街のあちらこちらから
この個室へ
不思議なほどに聴こえてくる
路地裏に建つ
ダンボールの家に住む男の
虚ろに充血した瞳
ハンドバックを肘にかけ
終電前の駅へ急ぐ娼婦の
アスファルトに響く足音
隣の個室で疲れ果てた
サラリーマンの
絶え間ない
鼾
(
いびき
)
赤ら顔が覚めてきた俺は
都会の個室でもう一度
独り耳を澄ます
・
・
・
( ふれてください )
( フレテクダサイ )
( furetekudasai )
・
・
・
その声は、他の誰でもない
俺自身の
あなた自身の
街中の人々が今夜
幾十奏にもはもらせる
たった一つの、声
うつむくスタンドの頭を撫でる。
灯りを消す。
ソファーにごろんと横になった俺は
薄暗い天井に花開く
一輪の薔薇の微笑の
夢をみる
自由詩
「 ふれてください 」
Copyright
服部 剛
2008-06-16 09:52:03
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