めがね
柚木
窓から光が差し込んで、仕方がないから目を開けた。
どちらかっていうと布団に潜り込んでしまいたかったのだけれど、なんだか今日の太陽は気合が入りすぎているらしく、とてもじゃないけれど目なんかつぶっていられない。
とりあえず、左手で眼鏡を探しながら起き上がろうとする。
けれど、ない、のだ。めがねが、ない、のだ。
確かに寝る前にはサイドテーブルの上にそいつはいたはずだし、いや、そこに置いたはずだ。
なのに、ない、のだ。
ないものはないわけで、途方にくれてみる。
にしたって、ずっと途方にくれているわけにもいかないわけで、のそっとベッドから起き上がることにした。
それがまた、不思議な光景だったのだ。
嫌がらせかって言うくらいの日差しと薄ぼんやりとした視界が見事に融合して、見たことのない、世界。
私の世界の間にいつも居座っていらっしゃったあのめがねというヤツ―そいつが、たとえ透明で薄っぺらなヤツだったとしても―そいつがいないだけで、私は本当の世界を見たような気分にすらなっていた。
そうだ、もしかしたら、あの、めがね、と言うヤツは、とてもとても悪いやつだったのではないだろうか。
あいつが私の世界を捻じ曲げて見せていたんじゃないだろうか。
昨日、アルバイトをクビになったのも、あと1つ単位を落とすと留年になることも、わたしが、あの、めがね、をかけていたからおきていた出来事なんじゃないだろうか。
そうだ。きっと、そうだ。そうに違いないのだ。
あいつが、世界の諸悪の根源であることはもはや疑いようのない事実である。
そう、そして、それを私に知られたから、ヤツは、逃げた、のだ。
なんということだ、なんということだ。なんということだ!
「ねぇ、いい加減起きたら?」
私のめがねを手に持った男が部屋に入ってくる。
そいつは、多分、彼氏、ってやつだ。
「それ、わたしのめがね!!」
あぁ、わたしの彼氏すらもヤツ等の仲間だったのか!
「あぁ、もうちょっとでキミの下敷きになりそうだったから拾っておいたよ。キミ、この間も壊したでしょ。」
そうだ、どうも私は寝相が悪いらしく、めがねを巻き込んで損壊させてしまうことがあるのだ。
「そうそう、早く学校行かないと授業間に合わないよ。この間のバイトだって遅刻が原因でクビになったんだから。」
慌てて、飛び起きて、思いっきり目覚まし時計を蹴っ飛ばした。
とりあえず。
彼氏からめがねを奪ってあわただしく準備を始める。
うん。
やっぱり、こいつがないと私は何も出来ないんだ。
ありがとう、めがね様。
散文(批評随筆小説等)
めがね
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柚木
2007-12-13 21:37:18