まだ大丈夫?
川口 掌

たまに早めに仕事を終え八時過ぎに帰宅する事がある
頑張って起きていたのだろう娘が諸手を拡げ駆け寄って来る
考える暇もなく引き寄せ抱き上げ抱き締める
もう既にお風呂も済んで寝仕度を済ませた娘が
帰宅直後の汗にまみれた父の無精髭の残る頬にキスをし頬擦りして来る

明日立たねばならぬ向こう岸への道は見えないロープで編まれた迷路を一か八かの勘を頼りに渡って行くしかない
妄想であり脅迫観念に取り付かれた思い込みに過ぎない
頭の一部では判っている
ところがこの頃の興味の対象は渡る事より何時何処で足を踏み外せるのだろう
こちらに変わって来ている
分別の利いてる頭の方は拙いなぁそんな事を感じなんとかしなきゃなぁと漠然と考える
一方妄想に取り憑かれた頭は一思いに足を踏み外してしまいたいそう願う
この延長線上に想いは巡る
踏み外す事を許してくれない目前に立ちはだかる障害物
居なければ良いのに
消えてくれたら良いのに

今まで想像する事すら考えも及ばなかった事を脳裏に思い浮かべた瞬間を想いだし
娘を抱き上げる腕に力が入り汚れた頬を熱いものが伝う

俺の中にまだ心は残っている
まだ大丈夫かも知れない





自由詩 まだ大丈夫? Copyright 川口 掌 2007-08-08 00:01:39
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