眠れる薬を
川口 掌


まるで無機質な
蝉の声が聞こえる
吹き抜けて行く風が樹々を揺らしざわめかせる
時折風は窓を叩きガタガタと揺さぶる
キーボードを打ち付ける
タイピングの音が重なり木霊する
飽きる事もなく
永遠に書類を吐き出し続けるプリンターの作動音
配達に走る車のエンジン音や
交差点でアスファルトを噛み混むタイヤの悲鳴
行き交う通行人の賑やかな笑い声
明日へと向かう生きて居る証しが
引っ切り無しに近付いては遠ざかり
遠ざかっては近付いて来る
何処遠い音を聞きながら自らもキーボードを叩き
プリンターにプリントアウトを命じる
自分にとって全く無意味に思えて来た
いつまでも続く音源を助長する
いつのまにか
意味を為さない営みの
意味の為さない会話に参加しながら
秒針のゆっくりと
しかし確かに一歩また一歩を刻む音に耳を傾ける
永遠に続く一秒間を見つめながら
終わらない一日の幕が閉じるのをひたすらに
ただひたすらに待ち侘びる
ああ
なのに明日と言う今日をまた迎え入れなきゃならないのだ


息子よ
勝者たる必要はありません
正しい事
やらなければならない事
それだけは逃げずに受け止め
信じる道を歩いていきない
それだけでお前は人を引きつけ
みんなの真ん中に居る事が出来ます

上の娘よ
回りの人達を愛しなさい
愛する事
それはその人のためを思って行動する事です
愛する事が出来れば
きっとお前は愛されます

下の娘よ
強い心を身につけなさい
私たちは生きています
生きている以上
なにかしらの犠牲の上でしか
存在は許されません
悲しい事は必ず起こるものです
強い心で乗り越えなさい


愛する愛しき妻よ
眠れる薬を下さい
永い永い永い一日を
何も感じないままいつの間にか越せる位
強い強い薬を下さい
今日の向こうからやって来る
恐ろしい明日に気付けなくなる位
強い強い薬を下さい
許して欲しいとは言いません
せめて
剃刀より尚鋭利なナイフで私の心臓をえぐり取り
心の引き出しの一番奥にでもしまって
ずっと連れて行って下さい


眠れる薬を
眠れる薬を

一握りだけ
下さい





自由詩 眠れる薬を Copyright 川口 掌 2007-08-09 22:15:05
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