梅の神さん
錯春



 庭には二羽ニワトリがいなかったが
 代わりに二本の立派な梅の木が鎮座していらした
 毎年刈り込まれているのにその枝は猛々しく
 同じく喧嘩っ早い私の手にもがれ
 その実は強靭で、小学生の手の平を占領するくらい
 ぽってりと官能的な飴色をしていた

 大きな梅は決まって片面だけ熟して黄色で
 かたっぽはひんやりと青く
 平たい竹のザルの上に青いおしりの方だけ上へ向けて転がし
 熟すのを促した
 たまに見に行かないと
 ぐずってザル一面をびしょびしょにした
 かわりに
 そっと掬い上げると
 たまに照れてあかくなった

 大きなプラスチックの樽にざあらざあらと
 どててどててだらららららららららららと
 そこだけ縁日みたいな声を出す梅の実を流し込み
 塩ふって、石乗っけて
 「ばあちゃん、これ石のかわりにアタシが乗っても漬かるかな」
 そお言ったらはたかれた
 「梅の神さんに祟られんぞ」

 「中見たいから抱っこして」
 って、一人娘が言うので
 「いっしょに梅干にしてやろーかー」
 って、
 それなのに
 ちいさな小鳥のような眼は
 拝むように梅酢に浸った梅を見る
 私はふいに不安になって
 梅の神さんに引っ張られそうな気になって
 「いいか見てなよ」
 意気揚々と
 赤紫蘇をなげると
 オーロラを見るときのように、ゆっくりと、
 瞬く間に、赤くなった
 娘が染まった梅酢に触れる
 指が赤くなって、赤味が沁みこんでしまわないうちに
 流し場で洗った
 
 その豊かな果実のような、ふくふくとしたおよび
 流せばすぐに真っ白くなるのに
 私の色は未だにぬけない
 「まだとれない」
 一人娘が、しわに刻まれた赤色にふれる
 「祟られとんのよ」
 私は言う。





自由詩 梅の神さん Copyright 錯春 2007-05-28 23:32:14
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