草刈合戦
錯春




 ふと、べらぼうに草を刈りたくなった。生い茂った背の高い、エノコログサやオオイヌノフグリみたいな背の低い草ではない草を。
 しかし今は夏では無いし夏休みでもないし。うちの地元はもう長いこと川が氾濫していないもんだから立派な草を刈れそうにもない。ので。
 しょうがないので、目を閉じた。



 大きな草。なんて立派。もう雑草とは呼べないくらいの。
 私の背丈をひゅういと追い越して、なお高い。
 ふとわきを見れば、新しい草がさわさわとその背を伸ばしている。
 この草達は成長してるんだ!と
 ごくごく当たり前のことをしみじみ感じた。
 見れば手には軍手と鎌が
 遠くのほうで
 むかし私をおぶってくれた耳の悪い
 ついでに目も悪いじいさんの
 肩から上がひょこひょこしている。
 どこに行ったのかと思いきや、
 ずっとここで草を刈ってたんだ。
 じいさんが、ぱかーと口をあけて
 いうあえおあええいああうっ
 と、語りかけてきたので
 私は草刈を始めた。



 しゃがんで草の根本をじゃっくじゃっく刈っていく。
 久しぶりなので
 なかなか、こつを思い出すまで苦労した。
 刈っていくと、途中いろんなものが
 あらわれては消え、あらわれては消え
 さっき、上京して2人目の彼氏の
 年上な寝顔があらわれて
 びっくりして草をかぶせた。
 小さな頃、河縁で遊んだとき、水色のシャツが
 長い草の間をぬって、みえた。
 翌日の地方紙の見出しに
 【痴情のもつれで中年女性殺害される。遺棄の場所は江合河の橋桁の下。】
 と、ちんまり載っていた。
 田舎では、おばさんでさえも
 殺されるくらいの恋愛をするんだな。
 それでも刈っていくと
 味噌蔵があらわれた。
 3人目の祖母が使っていたという、小さな蔵。
 今では手入れする人もいなくて
 蔵からは痛んだ味噌と
 それに混じって骨のにおいがした。
 嗅いだことがあってもなくても
 人は人のにおいがわかる。
 私は蔵にお尻を向けて、今度は逆に刈り出した。
 その間にもさわさわさわと草は伸びていく。
 たった1?の茎なのに、高いものではもう、トンビにぶつかるくらいまで折れることなく伸びていく。



 ところで、この草の正式名称はなんなのだろう。
 セイタカアワダチソウ、とか聞いたことがあるが
 では、セイタカアワダチソウとはなんだろう。
 漢字に直したら
 背高泡立草?
 背が高くって、泡立つの?
 そんなまさか。
 まさかを思った瞬間に
 遠くへいたはずの、目の悪いついでに耳も悪いじいさんが
 背中を向けてしゃがんでいる。
 あああうお。あおえうお。あああうお。あおえうお。
 じいさんはあまり大きく声が出ないので
 耳をよせようと近づくと
 ひょいとおぶわれて、脱兎のごとく駆け出した。

 アワダツゾ。タオレルゾ。アワダツゾ。タオレルゾ。
 じいさんは、ものすごく楽しそうに笑いながら
 節々が泡となって倒れていく草を駆け抜けた。
 タオレルゾ。アワダツゾ。タオレルゾ。アワダツゾ。
 ぴしんぴしん葉っぱが肌をうつ。
 痛。
 血ぃ出た。



 目をあけると、連れ合いが私の親指を吸っている。
 「寝ながら血が出るまで噛むとか、ないよ」
 目を凝らすと、たしかに立派な歯形が。
 「あー夢みてた」
 「どんな夢よ」
 「合戦」
 「合戦じゃぁしかたない」
 都会育ちの連れ合いが、なまっ白い手で撫でてくるので
 軍手の無い手で目をこすった。






自由詩 草刈合戦 Copyright 錯春 2007-05-31 01:12:46
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