レイン
チグトセ

レイン
あのとき足音にかき消され
君の言葉が聞こえなかった

雨が降る
自由が再び吸い込まれていく
星が湿度を復元する
束の間の動作
長旅を終え
地面に歪んでは消える
気ままに遠くへ行きたがっては
海から千切れて宇宙の浜で遊び
宇宙の褐色に似たかった雨が今
引力に迎えられて家に帰っていく

レイン
「ただいま」の声が賑やかで
僕は君の言葉を聞き逃してしまった
きっとどうでもいい言葉だった
でもそれが気になって
どうしても今、目を逸らせない

雨が降る
あの冬君と喉を潤した緑茶の湯気が
親密に雲に入り、雲になり
やがて春、悲しみを内包した頃
ようやくどこかの街を潤したよ
単に雨は
針のような黒い夜に抗わない街の寂しさを余計に増長させただけで
少しの川と時間を溢れさせて
そのあいだで君が今でもサイレントのうたを歌い続けていて
高いEの音が綺麗だ
きっとどうでもいい言葉だった
君の最後の言葉
僕は笑顔で応えて辞した
しっとりと
モノクロームのマスクが
水滴の流れゆく視界を丁寧に覆うのだ

レイン
君の口ずさんだうたはいつも
よくわからない外国のばかりで

表面を伝い下りた雫が指先に溜まる
靴底は水圧で吸着して
いつまで経っても動けずに
火の粉の燃え散る音にとてもよく似た
雫の跳ね散る音を聴きながら
断片ばかりを探す
君の最後の言葉の代わりにこびりついた雨音がはがれない
点滅する光は濡れて
乾いて
濡れて
乾いて
また濡れた
明け方の空をシャープペンシルの芯が降っている
褐色の黒鉛は街に刺さり
傘に刺さり
羽を失った鳥は
地表へ逃げたか
宇宙へ逃げたか
ぶつかる音
何も聞こえなくなる
レイン
数限りなく降る芯は
街に刺さり
傘に刺さり
地上に絵を描いていく
空白を埋め尽くすような絵は
集まって言葉をつくる
「さようなら」
に対する
今、長い返事を




自由詩 レイン Copyright チグトセ 2007-05-11 09:27:37
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