オニキス
チグトセ

ただの生活の中を
ただの生活だなんて言って
大して感動もせずにフラフラ生きてたら
ときどき前方不注意で
誰かの真摯な想いの背中にどしんとぶつかることがある
いい加減見かねた神様にマジビンタをくらわされたみたいに
目が覚めて
果てしない砂漠の極端を小一時間ほど
茫然と眺めた気分

いつも
泣けそうなもの、泣きたくなる気持ちの裏には
ひっそりとした木箱みたいな質感と存在があって
そして表には現実が圧倒的に存在していて、圧倒的すぎて
泣きたくなった気持ちはきゅうっと吸われて
もみ消されちまうから
いつも
なんだかよくわかんなくなった
目覚めをたずさえて
明くる日の玄関を開けなきゃならない

ねえ たとえば
あなたと並んで
歩道橋の階段をのぼっていったとき とか
それだけのもの それそのものが
むしょうに うれしくなってしまった とかそんな

内容を忘れてしまったあったかい夢のような
内容を忘れてしまった優しい詩のような
実はこの街中にひっそりつながった琴線から
ふいに届く感情をはかるすべや
価値を与えるものさしを知らないから
そんなもの手元にないから
余計にオロオロ迷ってしまうんだ
余計に切なくなってしまうんだ なんて

きっと魂が当たるから切ないんだ

こんなに切ないってのに
あまつさえその内容がよくわかんないってんだから
なんだかくやしくて
やりきれん気持ちは
酒でも飲んで
むしろ笑おうかって


茶褐色の影を背中にしょって
今夜は
こんなに切ないことばかりについて
ひとしきり話したいのに
僕は「切ねえな」なんて
コレをあらわす言葉をひとつしか知らないから
それじゃあ二秒ももたんね
だから今宵はいつものように
他愛ないことでも話そうか
パライソおごるよ
他愛ってなんだかよくわからんけど
つまりボクシングみたいなもんさ
つまり酔ってんのさ
つまり話したいのさ
会話なんてものがこの世からなくなってしまうまで
タクシーの運ちゃんが再び親切心を取り戻すまで

そして明日また
とても微妙に生まれかわった気のする一日の玄関を
呆けた顔で開けるんだ


自由詩 オニキス Copyright チグトセ 2007-05-04 01:32:38
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