ワンルームのドアをノックする音が聞こえた。
濡れた髪をタオルで拭いていた昌は、動作を止めて、反射的に壁の時計を見た。夜の十一時だった。
ドアスコープの向こう側に、白いフェイクファーを纏った見 ....
「疲れる薬だと言うと変に思うかもしれませんが、これは正真正銘の医薬品です」
あのとき、高木はそう言った。
「疲労薬」と印刷された赤唐紙が、半透明の茶色い瓶に貼り付けられている。私は彼の説明を聞き ....
写真集の中の写真をうつした写真家は
もう死んでおり
この世界にはおらず
いまも死につづけていて
モノクロームに象られた
すべすべとした紙のなかに籠って
かたくなに孤 ....
ニューヨーク近代美術館の地下ギャラリーに、「ウォーホルの雪だるま」はあった。
その雪だるまが彼の手によって作成されたのは、1965年のことだ。
僕がそれを見たのは大学を卒業した年の春の ....
新宿の家電量販店に、除湿器を買いに行った。
除湿器というのはなかなか使える家電で、雨が多い日などにヒーターと併用すると、室内に干した洗濯物の乾きがとても早くなる。
何種類かの除湿器を物色して ....
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高尾へと向かう中央線の車窓から、シャッターを切った。
翌日、自室で現像したネガを、ライトボックスでチェックした。
テニスコートを撮影したコマが面 ....
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「ちょっと済みません!」
不意に、後ろから声を掛けられた。
振り返ると、ベビーカーと一緒に三十歳前後の女性が立っていた。隣にも、ほぼ同年代の女性が ....
ピラニアは、蛍光灯の光の色をメタリック・グレイに映えさせながら、水槽の中をゆっくりと泳いでいる。
僕はひんやりとしたガラスに手をかざしながら、ピラニアに向かって話しかける。
「お前とも、もうお ....
その日は仕事納めだったので、午後4時を過ぎると、事務所の中で掃除をし出す者が現れはじめた。掃除をする者は時間の経過とともに増えていき、それと同時に躁ぎ気味の喧騒も広がっていった。もっとも、全員揃って ....
「怨念だけが残るのです。身体がなくなって、感情がなくなって、さいごに、怨念だけが残るのです」
博士が女生徒に話しかけた。博士は疲れたような顔をしている。丁寧に撫で付けられた白髪と、プレスの行き届い ....
「それを喰べるかどうかは、もちろん患者の自由ですよ」
カルテを一瞥して医者は俺に言い、ニヤリと笑った。
俺もつられてニヤリと笑ったものの、気分的には最悪だった。
俺の肺の中には、キノ ....
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