不毛の果ての楽土に
崩壊する一陣の青い風
それはかつて私の鳩尾で
搏動し 鼻腔を通って吹き出で
あらゆる通行人の
喘息にも似た溜息を巻き込み
その土地へと闖入していったのだが
aともαと ....
{引用=
わたしはこれが全身と、その著しい力と、
その美しい構造について
黙っていることはできない。
『ヨブ記』第四十一章第十二節
}
およそ完璧なる日々というものは
頑なにわれわれ ....
この鯨の背から望む{ルビ黝=あおぐろ}い海はいつ果てるのかとんと判らないのだが、僕たちは進まなければならないのだ。ときたまに視界を滑空する海鳥たちは果たしてどこでその羽根を休めるのか、僕は夢想しながら ....
{ルビ臥所=ふしど}の窓に霞む
雷鳴
光もなく
闇もない
くだらない{ルビ土塊=つちくれ}の隙間から
悲劇は生まれ
廻転する天球に連れられ
やがて
全地を覆った
命なんて無いに ....
{ルビ巨=おお}きな人体の
頭がこの地に
脚が 少女の碧眼のような
空にあり
遠い月から 無数の
羅針盤と目玉とが降ってくる
羅針盤の磁針も 目玉の瞳も
{ルビ出鱈目=でたらめ}な向きを ....
少女の家の浴槽の中でこれは夢だ、と判った。
僕を肩まで沈めるお湯はその面のすべてから苺の安っぽいにおいを放っていた(たぶん入浴剤の成分だ) 僕はこの少女の家の構造の対称性を想ってすべてが まさに ....
いらぬいらぬいらぬいらぬ
宮刑に処して{ルビ呉=く}れ
僕は四年間詩を綴る
珪藻の家、球は白濁し
粘弾質の液体を溜め込んでいる
不快人間だろう
神経毒で退治して呉れ
僕は{ルビ先=ま ....
坂の上の校門で{ルビ磔=はりつけ}にされた少女の歳は十五であり、少女の脇腹の絶えず{ルビ膿=うみ}を吐く傷こそが彼であって、幾度{ルビ掻=か}こうとも少女の{ルビ痒=かゆ}みは失せることがなかった。少 ....
ボリビア行きの電車に
重たい体を預け
ひとりで飲むジンジャー・エールの味を
確かめに行く
鞄から一冊の本を取り出して
次の停車場まで読む
それは僕があなたのように
ひとの心を受け ....
言葉を任意の性質の飲料の器であってそれ自体はニュートラルであると考えるとき、日常会話は好き好きに飲み交わす宴会、数学は何も注がずに器自体を精緻に並べる骨董マニアの自己満足的営みないし器自体を塑像する工 ....
《最も{ルビ穢=けが}れた山の頂において おれは神をも殺す》
この脳は霧に侵された
この脳は血に潰された
この脳は胞に乱された
汚辱のこれの液が{ルビ睫毛=まつげ}をつたい{ルビ硝子=ガラス} ....
長い脚を{ルビ鞍=くら}から垂らす
彼は動かぬ白馬に{ルビ跨=またが}っている
馬も{ルビ体躯=たいく}も憎まず
彼は上品に降りた
{ルビ船酔=ふなよい}や高炉の穴の旅行映像を
彼ははに ....
心拍が垂直に水を跳ばし
滑らかな曲線は鏡に切れ
凸面は新しく頭を下にし
脚を月に遠い空にうつし
それは鳥の群の{ルビ端=はし}をゆれ
教会へひとつ羽を落とし
埃をつつむ結晶に打たせ
運動 ....
あなたの網膜に向かってなめらかに捩れる音楽を把えるために僕はあなたの眼を視ない
なんとなれば眼とは水を細分しあまりに暗く非在の青を結ぶ その二組の泡の両端をそれぞれに直線で結ぶことは眼の仕事ではない ....
雪はふらぬ
ふしくれだった両の手で
光りを{ルビ掠=かす}めるあたしには
手袋を渡す左手や
右手に残った火傷痕
そういうところに 雪はふる
雪はふらぬ
ペダンティックに錆びついた
....
女が
いつ死んだってかまやしないわ
と、手を{ルビ弄=いじ}っていたから
{ルビ轢=ひ}いてやろうかな と、思った
照灯に照り上がる彼女の両眼には、{ルビ矢張=やは}り労苦の星など無かったから ....
僕は死んだ方が良かった僕は死んだ方が良かった僕は死んだ方が良かった僕は、損益分岐点と極性が異なっている。僕の罪を皆{ルビ悟=さと}る。或いは{ルビ識=し}っている足が距離を覚えていないから。傲慢は自ら ....
Ⅰ
僕は確かに、あなたを愛しています。
──あなたはそのような歩行を、発言を、{ルビ落涙=らくるい}をしない{ルビ筈=はず}です。
僕は、一体、あなたの何を愛しているのでしょうか。
やわら ....
人間の条件
{引用=精神と、身体と、情緒。人間はこの三つのシステムから成り立っているのだと思う。そして普通の人は、これらがごく適切に統合されているのだ。
ドナ・ウィリアムズ}
お父さん
....
僕は個人においては僕が賢いとするところの異常さを求め、他方で関係性においては僕が愚かしいとするところの平凡さを求める。
平凡さとはすなわち付和雷同、大衆の{ルビ赴=おもむ}くままに流行の事物 ....
3
{ルビ緑青=ろくしょう}色のキリン
十年前の夢から覚め
家には誰もいない
──feɪn wʊd wi əˈweɪt ðə taɪm
僕の発音が{ルビ珪藻土=けいそうど}の壁にこだまし
....
金属が鳴って男が事故死する。百合が香って猫が死ぬ。だから?
全時空の僕は開眼したまえ全て雨粒は矢たとい母と{ルビ姦淫=かんいん}しようとも一向に矢は止まぬ一つの悲劇につき作る詩は三編までとせよ。両の目を{ルビ刳=く}り抜こうとも生まれながら両の{ルビ踵=かかと ....
川上から金曜日が流れてきた
彼は働きすぎたのだ
川上から土曜日が流れてきた
彼は眠りはじめた
川上から日曜日が流れてきた
彼は手を冷たくしていた
川上から月曜日が流れてきた
彼は左の瞳し ....
足音が食事をひとつ運んでく
足音がカルテを二枚運んでく
足音が廊下を曲がり消えてゆく
足音が眠りを運んでくる
味。よく知っている。ああ。味。の罰。(アイスを渋々買ってくれたあなた)もう十分 ....
人生に於いて他人に迷惑を掛けて良い瞬間は、幸福の絶頂にあるときと不幸の谷底にあるときのただ二つであり、これらは同時に人生に於いて最も冷静でいなければならない瞬間である。
{ルビ廣松=ひろまつ}{ルビ渉=わたる}の哲学書のことを考えていた。
認識論についても 現象学についても僕はなにも知らないものだから 放り出してしまったあの哲学書。
僕がはじめて読んだ哲学書 ....
音楽を捨てていた汚い目の猫がよみがえった
なにもない道をゆく
土を被った愚かな感熱紙をぐしゃりと踏みつけ
袋にぎしぎしと詰まった賢い椿のにおいを無視し
ようやく彼は美術館についた
風景の ....
四万の光りがうねる 烈しいけれどゆったりとした四角形のために
そのうちひとつの頂点は アンプから飛び降り 舞台を駆け回り
ときどきもうひとつの頂点と向かい合い 無言で会話する
あとのふたつの頂点 ....
ああ 三年ぶりの頭の爽快
傘を差さない彼女の夢のみが僕を捕らえるけれど
穴のない血管と青空と
正しい脈拍があるからぼくは大丈夫
ぼくは精神科病棟を横切って
新しい神保町へ
勢いあまっ ....
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