HHM2(第7回批評祭)!!!!!!![29]
2014 04/06 11:32
澤あづさ

>>26

caseさんへ ※横槍を大歓迎します。

>ルールのわからないゲームであっても、別の形式に整えて提出すれば、だれかが受容してくれるかもしれない、

 そうですね、たぶんそこで満足するのが常套なんであろうと思います。
 わたしの読解はわたしの作品わたしの自己表現以外のなにものでもないのだし、ヒヒョー対象よりおもしろいと言われてうれしくないわけもないのだから、すなおに喜んで終わればいいのかもしれません。
 こひもさん以外の方だったらそうしたかもしれませんッッガ!

 ぶっちゃけ、こんな禁断の話につき合ってくれる男前は、どうせこひもさんしかいない。
(主催者でなければcaseさんもつき合ってくれたに違いないのに!)

  +  +  +

>>27

こひもともひこさんへ ※横槍も歓迎します。

 紅月さんについては、誤解が解けてよかったです!
 作家論に必要がなければ、これ以上人様の話をしてもしかたないので、ツイッターでの本題を。


◆構造論等についてのお話◆

 わたしもよくわかってないのでうまく言えないんですが、こひもさんのおっしゃる構造分析は、巷で言われている構造主義とは違うと思います。
 たとえばわたしの脳内において、わたしの今回読解は構造を重視した読解です。ボルカさんが「意味の柱を立てて構造を見渡す」と指摘してくださいましたけど、そんな具合です。

 まず細部表現を整理し、たとえば「この作品は『片眼』すなわち偏見の構造を描いている」とかいう、話の前提をぶっ立てる。
 作品の核心を言い当てることから話をおっぱじめて、その核心について説明するようなかたちで話を盛っていく。
 というようなのが、わたしの脳内構造主義です。

 それを構造主義と自称するのが適切なのか否かはさておき(どなたか詳しい方のツッコミをいただきたいです)、そういう読解は、しょっぱなにぶっ立てた前提が的確でなかった場合、100%話にならないというところに難しさがありますね。
 加えて、単なる印象に終始し「作品そのものとは関係ない話」に陥りがちな傾向も顕著であるように思います。
 その作品(あるいは作家)をネタにして自分の私見をもっともらしく陳列してるだけで、「そんな話はこの作品(あるいはその作家)を引き合いに出さなくたってできるんじゃね?」みたいな系統です。

 話がちょっと逸れますが、わたしは、そういう論調が根本的に嫌いです。
 特に不特定の他人に説教するふりして自分の思想なり作風なりを正当化してるだけの類は、品性下劣ですので軽蔑します。
 もちろん下劣だろうがなんだろうが、話がおもしろけりゃあいいんですけど。下劣な品性が編み出した持論はほぼ例外なく、もっともらしいだけで根拠のまったくない、ただの詭弁です。ご立派な詩人様のご大層なご批評には、その類の詐欺が多すぎるように思ってますね。(その詐欺に騙される愚鈍な詩人様が多すぎるから、詐欺が隆盛するんでしょうね!)
 取材も考証もせず、はなから逃げを打って無根拠に他人を説教する卑劣な話術は、なんの説得力もないし、偏見を強化する以外のなんの役にも立たない。って例のおにゃのこにみずから罵倒されたことなんですけどねこれ。わたしの所感はそんな感じです。
スレッドへ