古書肆 新月堂[6]
2004 11/28 19:47
佐々宝砂
三木露風『廃園』より代表作品。
***
「去りゆく五月の詩」
われは見る。
廃園の奥、
折ふしの音なき花の散りかひ。
風のあゆみ、
静かなる午後の光に、
去りゆく優しき五月のうしろかげを。
空の色やはらかに青みわたり
夢深き樹には啼く、空しき鳥。
あゝいま、園のうち
「追憶(おもひで)」は頭(かうべ)を垂れ、
かくてまたひそやかに涙すれども
かの「時」こそは
哀しきにほひのあとを過ぎて
甘きこゝろをゆすりゆすり
はやもわが楽しき住家(すみか)の
屋(おく)を出でゆく。
去りてゆく五月。
われは見る、汝(いまし)のうしろかげを。
地を匐(は)へるちいさき蟲のひかり
うち群るゝ蜜蜂のものうき唄
その光り、その唄の黄金色なく
日に咽(むせ)び夢みるなか……
あゝ、そが中に、去りゆく
美しき五月よ。
またもわが廃園の奥、
苔古れる池水の上、
その上に散り落つる鬱紺(うこん)の花、
わびしげに鬱紺の花、沈黙の層をつくり
日にうかびたゞよふほとり――
色青くきらめける蜻蛉(せいれい)ひとつ、
その瞳、ひたとただひたと瞻視(み)む。
ああ去りゆく五月よ、
われは見る汝(いまし)のうしろかげを。
今ははや色青き蜻蛉の瞳。
鬱紺の花。
「時」はゆく、真昼の水辺(すいへん)よりして――
***
「雨の歌」
静かなる心の上に
やわらかに落つるひゞき
雨の音こそはなつかしけれ。
つくづくと聴き入れば
雨のひゞき
そはさながら、白き額を寄せかけ
はづかしき彼の女(ひと)の泣くに似たり。
また幽かなる時
破れゆく悲しみ、
新たにふりそゞぐ時
溺ゝるうれひ。
われ、いとも恋しき園をあゆみ
ある日夢みし緑の木かげよ、
美しき薔薇(さうび)はなやみ、
径(こみち)は廃れ、
脆き涙にみちて
階段はくづされたり。
わが白き、若き、雨のひゞきよ、
いたましく希望(のぞみ)は濡れ
かゞやきは彼処に埋もれぬ!
ああ、さらにもまたふり濺(そそ)ぐ憂いのしらべ
きゝおれば切にも恋し、
夢のごと心の上に
泣き沈む夜の雨を……
***
「ふるさと」
ふるさとの
小野の木立に
笛の音の
うるむ月夜や。
少女子(おとめご)は
熱きこころに
そをば聞き
涙ながしき。
十年(ととせ)経ぬ
おなじ心に
君泣くや
母となりても
***
「林檎の樹のかげに」
林檎の樹陰に
われ、君を抱く。
日は静かに没しけり、
赤く赤く海の彼方へ。
胸ふるふ接吻の中に
をりからや、囀づる小鳥。
最終(いやはて)の別れの時、
啼きいづる小鳥――
今もまた涙ながらに
おもひいづる彼の日のわかれよ。
***
#引用元が不明です。なぜなら私が昔自分のノートに写したものだからです。
#すみません。おそらく筑摩書房版です。