【期間限定〜9月15日】23歳以上の人の『夏休み読書感想文』(原稿用紙3枚)[7]
2011 09/04 23:02
ガリアーノ

夢野久作「犬神博士」を読んで
 夢野久作は、気になりながらずっと手を付けずにいた作家でした。「ドグラ・マグラ」や「少女地獄」が有名だとは知りながらも「犬神博士」に手を付けました。気負いがなくて済むような気がしたからです。
恐らく一番有名であろう「ドグラ・マグラ」が「三度読み終えたものは必ず発狂する」「三大奇書の一つ」等と謳われていることが意識の片隅にあったため、どうしても身構えてしまいました。しかし読み始めると驚くほどすいすい読み進めることが出来ました。言葉遣いの古さにさして時代を感じさせない、シャープな文体についページを繰る手が進みました。
要するにこれは、マイノリティの物語です。マイノリティとして生かされ、マイノリティとしてしか生きられなくなった少年の人生史です。また、親を素直に慕う子ども心が飾らない文章で随所に描かれています。ちいさな子どもが、どのようにして親を慕い、どのような仕打ちを受けて親と関係性が築けなくなるのかもわかりやすいです。小説として、子どもらしさがピュアに誇張されている感がないとも言えませんが。
子どもが無力で、親に従わざるを得ない存在であることが全体を通してよくわかります。実の親でなくとも、物心ついた頃から傍にいた年かさの男と女を親と認識するのは子どもなら当然でしょう。そして、実の親でないとわかりながらも慕うことを禁じえないのが人間というものです。血の繋がりは確かに超えられないものがありますし、血族でないと共有できない文脈があるのも確かです。しかし、生活の場と生活を長年共にしていないと通じあわないものがあるのもまた確かです。遠い親戚の訃報より、近い友人の事故の方が衝撃が大きいというところで我々にも理解できるものです。
加えて、公的権力の理不尽さもよくわかるものです。警察や政治家の機嫌を一切取らずによい結末を迎えるのはいかにも小説ですが、その展開は小気味よくついあたたかく誇らしげな気持ちになってしまいます。そういった意味では、主人公を「神童」や「幻魔術使い」として扱われる場面が度々登場するのはうまい設定だったかもしれません。
個人的に最も気になったのは、結末から冒頭へどのような経緯があったのかです。逃げ切った少年がどのように生き延びて、どのような経過でぼろを纏い手作りの掘立小屋で無数の犬猫を飼育する「犬神博士」となったのか、さまざまな想像が頭を過ります。両親はどうなったのでしょうか。あの事件から、一度も会わなかったのでしょうか。天沢老人とはどのようにして別離したのでしょう。何故このようなエンディングにしたのかはわかりかねますが、二度三度と読み返さずにはいられない小説だなあと、最後のページを繰りながら思った本でした。
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