生贄合評スレ[330]
2015 12/16 08:20
高橋良幸

はじめまして。合評初参加です。こんなに長く書くつもりではなかったのですが。。。ご一読いただければ幸いです。

<1>
私は以前この作品を読みましたが、ポイントは入れませんでした。今改めて読むと、詩としては企画倒れな印象を受けました。言いたいことはわかる気もしますが、そこに核となるような心の動きがないように感じました。しかし、そう言ってしまっては「読んでも私は特に心が動かなかった」と言うのとほぼ同じなので、企画倒れに終わっていると思った理由をまず書きます。

1. 穴が「穴」である必然性が詩を通して感じられない
 穴が何回も出てくる割には、穴のイメージが散乱しすぎている。庭で、役人が、会議室の、学校の、野原が。穴の遍在を言いたいのだろうか?しかし、それらの具体的な場所と穴との関係は希薄にしか読み取れない。おそらく、その場で実際に「穴」を見た人にしかこの書き方では通じないのではないか、と思う(ここがるるりらさんとの違いかもしれません)。私は穴が意味しているものをイメージすることができなかった(もちろん、穴の意味を明確に決める、という意味ではないです。言葉の意味がわからなくてもわかる詩はあるので)し、どうして母親だけが穴を掘っているのかも疑問でした。

2. 「私」が分裂している
 小さな子供の「私」が、母親をあなたとよぶだろうか。そして、「私」は役人の前にいたのに、誰かにすがりついて訊こうとして、さらに野原に立っている。しかも、「私」はいつ何の判断を迫られていたのか?それらが読み進めるごとに唐突に現れる。
 その上、「私」は家に帰ったら妻に埋めるのか掘り出すのかを聞こうとしている。これは・・・中盤の「私」の心理状態から見るとデリカシーが無いように思えるし、そんな簡単に聞けることを最終連まで書いてきたのかと思うと、並べ立てられ、寝かしつけられた穴の意味がわからなくなる。

3. 広く浅いイメージ
 前述の1、2と関連するが、場面が展開しすぎ、「私」の居る場所もはっきりしない。読者は拠り所が無いまま、穴について読み進めることになる。しかも所々で「巨大な会議室」「年若くて少女みたいなお母さん」「絵が緑で本体が赤いプラスチックのおもちゃのシャベル」と具体的なものが出てくるため、イメージがハリボテのような印象を与える。

 しかし、これは現代詩で、詩に関して考えのある作者が書いているということを踏まえると、上記に書いたことは意図的であると考えることができます。その意図が見えすぎて肝心の「詩」の部分が見えなくなってしまっているのが企画倒れだと思いました。
 では、詩を感じた場合はどう思うのか。<2>に書くことは私の本心ではありません。本心では無いことを感想として書くのもどうかという気がしますが、詩の可能性の一つとして書く次第です。

<2>
 私は、この詩はモラハラ(家)、パワハラ(会議室)、いじめ(廊下)、虐待(庭の穴)は地続きであり、しかも見過ごされている、というテーマに関する詩なのだと思いました。それらが「穴」の正体で、作中で穴が同定されないように書かれているのは、「見過ごし」を暗に示しているのだと思います。さらに、埋められている。そして、「私」も忘れようとしている。
 しかし、終盤の「私」は穴を顕在化させようとしています。それは中盤の(回想されたまだ穴を覚えている「私」の)叫びと(穴を埋めて忘れた「私」の)「判断」とは対照的です。最終連において、私が忘れた穴と同じ穴を開けようとしている(妻に穴の存在を訊ねようとしている)。「私」は妻の様子がおかしい(妻も穴を開けようとしている)のはわかっている(それは1連目に比べ描写が細かくなったシャベルからもよみとれる)。でも「私」は手軽に(「私」が掘る側の)穴を表出させようとしている。ここに穴の深刻さと手軽さが表裏一体で描かれていると思います。
 加害者側の日常の中で、「穴」は希薄に思えるほど私たちから無視されている。また、いまの私たちの行いと、過去の私たちの行いの間には私たちが思っているほど一貫性がない。この詩の形はそれらと相似であり、日常にいる読者に「穴」を明示せずにただ読ませ、分裂した「私」が最終連の軽さで嫌な感じを読者に覚えさせる。
 潜在意識に訴える薄気味悪さがこの作品の詩の部分で、あわよくばその効果によって穴の連鎖を断ち切りたいという作者の意図が見えるように思いました。

<3>
 <2>の感想は「なぜ母親だけが穴を掘っているのか」という問いには答えていません。他にも読み捨てていて再度詩と比べると破堤している箇所もあるでしょう。しかし、母性の虚無みたいなことを表す詩だと思うと、会議室や廊下に出現する穴や、「私」の妻に対する態度が私の中では(イメージ的に)説明がつきませんでした。道標が少ない分、読者の経験への依存がかなり大きい詩だと思います。以上です。
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