批評しましょ[273]
2004 09/17 01:43
山田せばすちゃん

次に>>266について、ですが。
別にいちいち意図なんて考えてやってやしません、奥主さんへの返信>>255に書いたとおり「俺があくまでもやりたかったのは「違和」の分析と言語化」ですから。強いて言うなれば「俺の世界観」から見たときに「違和」でしかないことがチアーヌさんの「作品世界」には比較的たくさんあった、というだけのことで、別にチアーヌさん個人には好悪の感情も、もっと言えば興味すらありません。チアーヌさんの詩を酷評したから俺がこの世界でなんか立場がよくなるとかそういう政治的意図もないです、ないですというかそんなもんあるわけないでしょ(笑)
「違和の分析と言語化」についてもう少し説明が要るでしょうか?要る、という答えを想定して説明を続けます。
俺はその詩を読んだときに一番最初に口をついてでた言葉を、できるだけ批評の冒頭におくことにしています。チアーヌさんの作品の場合だとそれが「何だ?このバカ女」だとか「あ、なんかすげーいや、この女、鈍感」だったりするのが困りもんですけど(苦笑)それがつまりは「違和」の発見です。で、次に何でこの女がバカだと思ったんだろう、とか、なんでこの女のどこが鈍感なんだろうと改めて作品の中から「違和」の根拠を見つけ出すべく精読します。見つかるときもあれば見つからないときもありますし、勘違いだったりすることもたまにはありますが、さすがに最近はほとんどそれはなくなってきました。見つけ出したらそれは俺以外の他者にも理解可能な違和なのかどうかについて考えてみます、「それはそうだよね」といってもらえれば「僕らは友達」なので一番うれしいですがもしかしたら「そういうのもわからないではないけれども」という反応で終わるかも知れません。ともかくそこから違和の言語化が始まり、印象批評がスタートするのです、とか言うとまるで手順を追ってシステマティックに脳内作業が粛々と行われているかのような印象ですが、実は最初の違和を、まずメモ帳なりノートパッドに「この女バカ」とか書いて、「だって」とか書きながらすでにその作業の帰結は見えていたりもします、見えなかったら書きません。
そうやってこれらの批評は書かれていますが、その時点まで俺には誰が作者かは関係がないのです。書いたあとで「これ投稿しちゃっていいかなあ」などと一応ネット詩業界における政治性みたいなものもちょろっと脳裏をよぎりますが、すでに立場なんてないに等しいヨゴレなので、大概はそのまま投稿しております。

で次に
>>山田さんは、わたしだけでなく、過去の同人仲間まで侮辱してくれたのですよ。
についてですが、それは誤読です。多様な解釈とかいったそう言った問題ではなく、明らかに事実関係の誤読です。この文章>>12>>11の大村浩一氏へのレスですが、問題の箇所を前後も含めて引用します。
>>少なくとも俺が顔出してる同人誌の合評会だって、ここまでこの詩に豊かな内実を吹き込んで見せる試みができたかどうかは疑問だし(いや、大体、俺が出入りしてる同人誌のレベルがどうだ、とか、こんな詩が同人誌に載ってるのだとしたらその同人間の見識がどうなんだとか、いろいろ突っ込みどころもあるでしょうがね)

ここで俺はチアーヌさんの詩に関してこのスレッド内で行われたさまざまな「読み」が、俺の出入りしている同人誌ネット21の合評会よりも高いレベルで展開されている、ということを述べています。( )内で書かれていることは

その1 俺の同人誌よりレベルが高いとは言っても肝心の俺の同人誌のレベルが低かったら、相対的にレベルが高い、といっても絶対的には現代詩フォーラムの批評はレベルが低いんじゃないか、という突っ込み
その2 こんな=大村氏言うところの「扱いやすい」詩ばかりをのっけちゃうような同人誌があったら、その同人のレベルも絶対的に低いので、同じように相対的にその同人誌より現代詩フォーラムの批評のほうがレベルが上だといっても絶対的にはどうなのか疑問が残るじゃないかという突っ込み

が、大村氏の側からあるかもしれませんけれど、という付記でしかありません。決してチアーヌさんが前に属されていた同人誌とその同人を誹謗しているものではありません。大体、俺はこの文章書いた時点ではチアーヌさんのパーソナルな履歴などまるで知らないのですから、あなたがどこかの同人誌に属していたなんてことはまったく知らないわけで、いったいどうやったらその存在すら知るべくもない同人誌とその同人を俺が侮辱できるというのでしょうか?
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