小詩集【レトロな猛毒】side.A
千波 一也




一、そそり上手


謎めいた言葉の
ひとつや
ふたつ

もどかしい仕草の
みっつや
よっつ


わたしは恋に不慣れなもので
五万の毒を盛るかも
知れません

けれど
百戦錬磨のあなたのこと
上手く分別なさって下さい

良薬は口に苦し、と云いますものね


嵐も
月夜も
ものがたり
雀も真珠も絵巻物

散らした熱に
映える、あなたです
とどまるあなたを慕いつつ

どうか
くちづけを
数えたりしないで下さい

つまるところ、
なみだの受け皿は
わたしだけなのですから

そら、おやすみなさい

看病の腕前には
それなりに自信があります
氷枕を保って差し上げましょう

揺れる火のように




二、未練


 何かを誤ったがゆえ、
 むかしの恋


目の前の誰かに
幸せの顔を見つけるとき、
それはそれは大した語り口ですが
幸せの顔を
みとめるとき、
ふと
きみを懐かしむのは
未練でしょうか

何かを誤ったがゆえ
むかしの恋


 枯枝を転がす、陽
 そこには真夏があるような
 
 砂上を逃げる、かぜの円
 そこから喉が
 乾いてゆく
 ような

 欲しかったものと
 欲しくないものとは
 なんだかとても似ています

 ただなんとなく
 否めてはみるけれど

 ふと
 きみを懐かしむのは
 未練でしょうか


目の前の誰かに
幸せの顔が灯るたび、
夕日はあかく
なおあかく

成り立つものに謝るさなか
その背はあすを迎える為にだけ
ただ、




三、鬼


あのひとの喜びを
多分に私はわかっているから
悲しませるすべも
知っている
おそらく

このまましばらく冷まそうか
それともここらで
温めようか

私、怖いかも知れない

あの手
この手で
あのひとに
触れて、いたくて
ただそれだけなのに

愛しければ
愛しいほど
無邪気に殺しては
殺されてしまう
あのひとと
私とが

むずかしい嘘のために
ほんとが消えても
喜怒哀楽は
覆らない

私、めでたし
あのひと愛でつつ

微笑むために必要なのは
赤かも知れない
黒かも知れない

あやうい爪は何のため

未明の夢の鏡の中で
私はあたまに
角を見る




四、毒虫


開かれた窓に誘われて
毒を持つという虫が
飛んで入った

あわてて誰もが走り去る
入口のドアを
出口にかえて
みんな平等に
逃げてゆく

わたしは
一人ぼんやりと
歩み寄る、
窓辺

叱る声が後ろに聞こえた


疑うわけでも
信じるわけでもなく
この目にとまった
毒虫の色の鮮やかさに
誰もが避ける窓辺へ落ちた、
わたし

都合のいいセリフなら
いくらでもあるから
安易な確かめには
頼らなかった

頼れなかった、とも言える


やがて
音もなく毒虫は離れたけれど
そこに生まれた安堵の声は
ひとつの檻だと
わたしは思う


持ちすぎた色を
毒々しいと言いたげな
空からの拒絶を浴びながら

わたしはいつか
閉じられた、
もの




五、リボンと雪は


リボンと雪はよく似ている

あこがれているのに
怖くもあって
ふっ、と
触れてみた瞬間からは
すばやく
とける

そこから色は不自由に
やわらかな不思議を
不純にさせる


リボンと雪は手を知らない

手のようなもの
目のような、
ひと

そういうものに詳しくなって
形はうつろう

いつわりを戒めるように
ひとつを創らない、
一途なむすびめ


リボンと雪はぼくから遠い

逆手にとればゆめだから
いついつまでもすくう、
うた

きみはどこまで離れてゆける
寄り添うことに
凍えるまえに

きみはどこからなくしてゆける
得るものごとに
つかれるまえに


リボンと雪は消えたりしない

課される荷物に
とまどいながらも




六、その後のあなた


お久しぶりですね

似たような風に
互いに吹かれては
かならず達者で暮らせよと
別れ際には笑ったものですが

いまも
お変わりありませんか

いまでも変わってゆけますか


捨てきれない現実があって
わかっていながらも
ここは中途半端で
常に、
恥ずかしさの吹き溜まりです

ただし
呼吸はうまくなりました
それゆえ繰り返すのでしょうね
すべて、
報われないとしても
すべて


しつこい光にさよならを
しぶとい闇にも
さよならを

そう、
はじめから
答えはわかっていましたから

笑ってもらうなら
あなたのほかにはいない気がして

その後のあなたが気になりました









自由詩 小詩集【レトロな猛毒】side.A Copyright 千波 一也 2007-01-05 16:07:19
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