金色の海で
蒸発王
金色の海で
私は上手く笑えていただろうか
『金色の海で』
郵便受けに
見なれない封筒が入っていた
差出人は
失踪した親友からだった
彼は
一年前に妻子を亡くし
もう若くはなかったから
“遺される”その苦さに
耐えられなかったのだろう
二人分の葬儀の終わった夜
少し目を離した隙に
ふつり と
消えてしまった
煙のようだった
其の
彼からの手紙
乾いた指で
封を切る
見覚えのある
すこし右斜め上にせりあがった
文字面で
一言
“金色の海で会いたい”
金色の海
思い当たるのは
同窓生しか知らない
大学の裏道
あのイチョウ並木だけ
無数の黄色い扇が
風にあおられ
ざざ と
波の音を作り
私の足元に打ち寄せる
夕暮れ時
ねばついた
瀕死の日光が
斜め25度の角度から
ゆっくりと挿入される
蕩け出した黄金に
瞳が焼かれるような錯覚を覚え
目を閉じれば
冬に食われる秋の匂いがした
金色の海で
波の音が
高く 大きく
私の鼓膜を持ち上げ
閉じた目を開くと
金色の海の上に
見なれた靴
少しづつ
目を上げる
踝
足
胴
胸
首
まつげで曇った視界
2メートル先に
一瞬だけ
彼の笑顔を見た
ざ ざ
ざ
ざざざざ ざざ
ざ ざざざざざ
ざ ざざざ
ざ ざ
ざ
大きな金色の波が
またしても私を飲み込み
髪の毛をかき乱し
呼吸だけで
彼が何か呟くのが聞こえた
(ありがとう)
とも
(さようなら)
とも
聞こえた其れに
必死で眼を開けると
彼の姿は無く
波の音と
ケイタイの着信音が
鼓膜を揺するだけだった
何故か
本当に何故だか
私は全て納得し
ケイタイが告げる
彼の遺体発見のニュースに
溜息をついた
ああ
あの瞬間
金色の海で
私は上手く笑えていただろうか
『金色の海で』