静かな日
わら
正午を過ぎ、 電車に乗った。
静かな その車内で、腰かけていると、
ときに、いろんなものを目にすることがある。
その人は、片足がなかった。
駅に着き、扉の開くタイミングを見はからいながら、
そこへ ゆかねばならない。
ゆらぐ足元を、精いっぱいに、その人は降りていった。
しばらくして、隣むかいに、
ある中年のおばさんが座った。
ぼくの母親くらいの年だろうか。
家族のためへと思われる買い物袋を手に持っていた。
彼女は あたまにバンダナのようなものをかぶせていた。
耳元からも、髪のないことは わかる。
「抗ガン剤は、その効き目に応じて、
副作用で髪が抜け落ちるんだ。 」
そんな話を聞いたことがある。
昨日、見たニュースで、ハンセン病の話が流れていた。
その当時、ゆがんだ顔は国家にとって忌むべきものだとされ、
子は堕胎させられたそうだ。
その年老いた、かつての収容者は、
いまもホルマリン漬けにされた、その子のことを想っていると語っていた。
電車の中づりチラシには、
美しいグラビアアイドルが 水着姿で、ほほえんでいた。
ボクは、それを、ながめていた。
そういえば、
アフリカや貧困の国では、
一日に2万人の子供が飢餓のために死ぬんだってさ。
ネットのニュースでも、
こんな記事が載っていた。
「アフリカ、スーダンで、21世紀最初の虐殺。
主に、女性や子供。 死者は20万人を超える。 」
ぼくは、 まだ、 電車に乗っていた。
ふと、また、 車内を見まわした。
いろんな人が、うつむいている。
手をふれたわけでもない。
声をかけたわけでもないのに。
ただ、すこし、目が合ったような気がした。
それだけのこと。
ぼくは、静かに、腰かけたまま、
移りゆく景色に、
空に、
目をやろうとした。
どうしてだろう?
突然に、涙がこぼれてきたりするのは。
「こんなセカイに、 生きたくない。」
そんなふうにさえ、思ってしまった・・・
欠けたものに 抗いながら、
いつか、 受け入れる日を、
じっと、
待つのだろうか