夕日のマフラー
杉菜 晃




一粒の雨が傘に弾いて
百匹の蛙になった
百粒弾いて
一万匹の蛙になった

一万匹は
すぐさま姿をくらまして
それっきり雨は止んでしまったから
微かに地面の濡れたところが
彼らを探る唯一のよすが

夢多き少し足りない男は
地中に隠れた蛙を探して
濡れた地面を掘った
彼は地面を掘って 掘って
堀まくった
四肢で土を蹴り飛ばして
臭いの正体を突き止めようとする
犬のように
彼は土を掘った

はたして蛙は出てきたか
出てこなかった
しかし彼は諦めない
いないはずはないと
彼は掘り進めた
掘り進め 掘り拡げた
はたして蛙は出てきたか
出てこなかった
彼は諦めたか
あきらめない
掘り進め 掘り拡げているうちに
彼は別の生き物を見つけた
大ミミズや 冬眠中の蛇
男はそれを蛙の化け物と考えたから
魔法がとけて
蛙になるまで
路傍に坐って待った
タンスの裏に逃げ込んだ
ネズミが現れるのを
忍耐強く待つ猫のように
男は待ち続けた
犬のように地面を掘った男は
今度は猫のように待った

その結果 魔法がとけて蛙になったか
実はあまりにも地面を掘るのに
精魂を傾けすぎたために
眠くなってしまい
うとうとしているうちに
ミミズや蛇はそれぞれ
土に潜り込んでしまったのだ

目覚めた彼は
蛙どころか ミミズ一匹いない
現実に気づいた
あれはみんな夢の出来事だったのか
そもそも蛙なんかいなかったのか
彼は確認するために
閉じた傘を開いてみる
あんなに多くの蛙が
跳び出したのだから
一匹くらい
傘にしがみついていても
いいと思ったのだ

バネ仕掛けの傘が
威勢よく開くと
付着していた水滴が
微細な粒子となって弾け飛んだ
そこに夕日が直射して
彼の周りに虹がかかった
男は虹に目が眩んで
もう蛙を探すどころじゃない
それは七色の虹ではなく
夕日を映した真っ赤な虹だ
男はその赤い虹を首に巻いて
マフラーにすると
ようやく心落ち着いて
家路についた
傘を開いたまま置き忘れて




未詩・独白 夕日のマフラー Copyright 杉菜 晃 2006-11-22 12:47:30
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