最初で最後の握手。。。
Lily of the valley

今日、引越しの前に最後の高校訪問をしました。
朝の10時に学校について、後輩とおしゃべりをして、そのまま川西へ。
後輩とほんの少しの間お茶をして、彼女は塾へ、ボクはまた学校へ戻った。
友達との約束の時間は1時。
今が12時だから、後1時間あると思いながら、職員室の前でぼ〜っとしていると、いっちゃん先生が職員室を出て行くのが見えた。
恐らく研究室に行ったのだろうと思い、足早に目的地に向かって歩き出した。
研究室は、職員室のある中央棟から渡り廊下で高校校舎に行き、階段を下りたすぐ左にある。
研究室の前に着くと、案の定鍵が開いていた。
中にいっちゃんしか居ないことを確認して、ドアをノックすると、ボクは恐る恐る扉を半分ほど開けた。
扉を開けたは良いものの、どうも入り辛くて立ち止まっていると、『入って良いよ。』といっちゃんが声をかけてくれた。
ボクはその言葉に惹かれるかのように研究室に足を踏み入れると、後ろ手で扉を閉めた。
いっちゃんは慣れないワープロを使い、クラブのプリントを作成していた。
ボクはその横で、いつものように、いつもの椅子に座り、いつものようにいっちゃんと話をした。
いつもどおりの取り止めも無い会話。
いつもどおりのいっちゃんの笑顔。
ほんの数ヶ月前と、何も変わってはいなかった。
それが、無性に嬉しくて、悲しかった。
ボクは、自分の仕出かした大きな過ちを、後悔した。
自分勝手なエゴで、先生を傷つけてしまったのに、先生は、それを咎めようともしなかった。
しばらくして、いっちゃんと一緒に職員室前まで戻り、最後に、『またいつでもおいで。』と頭を撫でてくれた。
『子どもじゃないんだから。』と照れながら手を払いのけても、やっぱり嬉しかった。
今時計は12時45分を指している。
友達との約束までもう少しだと思いながら、ボクは校庭に目をやった。
3年間我武者羅がむしゃらに生きてきたボクにとって、部活で汗を流している生徒、授業が終わり遊んでいる生徒は、とても新鮮なものだった。
ふとした気配を感じて振り返ると、そこにはロバ男先生が立っていた。
『どうかしたんですか?』とボクが尋ねると、『僕に何か用があって待ってたんじゃないんですか?』と聞き返されてしまった。
ボクはただ友達を待っていただけだったのだが、このまま引き下がるのも釈然としなかったので、『最後に名残を惜しんで握手でもします?』と言うと、先生は、パチパチと手をたたきながら、『はい、拍手。』とぼけて去って行った。
あの人のいつもの手口だ。
他人に触れられることを極端に嫌がるあの人は、そういう話になると、平然とすらっとぼけて逃げる。
それが面白くて、何度もやってきたが、しつこく迫ると、思いっきり怒鳴る。
その一部始終を見ている周りの人たちは、驚き、竦んでしまうのだが、ボクはそれが妙に嬉しくて、楽しかった。
子どもの頃、親から怒られた記憶も、褒められた記憶もないボクにとっては、『お父さん』みたいな感じがした。
『お父さん』と呼ぶと怒られそうな年なのだが、一応2児の父でもあるわけだし、良いことにしよう。
ロバ男先生が逃げてからしばらくして、時計の針が1時を指した。
そろそろ来る頃だと、外に目をやったが、友達は一向に来る気配が無い。
結局、人を呼び出した友達に、ボクは20分も待たされた。
友達は別に慌てる素振りも見せず、のんびりと上がってきた。
そんな友達の姿に、ボクは深いため息をつきながら、職員室へと入っていった。
最初に向かったのは、友達の担任でもあった、数学の先生。
あだ名は雅ちゃん。
あだ名と言うか、研究室でそう呼ばれていたのを、ボクが勝手に使っているだけだが。
友達と雅ちゃんの会話は、まるで恋人同士のようで、見ていて飽きなかった。
だが、いつまでも見ていてもらちが明かないので、ボクはそばに居たバーラのところへ行き、来年もう一度受験しようと考えていることを告げた。
難しいのは分かっているが、どうしても生物がやりたいのだと言うと、反対するでもなく、ただ、『頑張れよ』と言ってくれた。
視線を友達のほうに戻すと、飽きもせずまだ話し込んでいる。
ボクは仕方なくロバ男先生のところに向かった。
仕事中だったので、邪魔をしないように挨拶だけして帰ろうと思っていたのが、気がつけば1時間ほど話し込んでしまっていた。
時刻が2時半を回った頃、そろそろ帰らねばと思い、先生に挨拶をして、職員室を後にした。
職員室前で帰り支度をしていると、ロバ男先生が出てきて、『ボクはこれから靴箱です。』と言って歩いていった。
『靴箱です』とは言っても、先生が靴箱になれるわけではなく、『これから靴箱に行く』と言う意味だ。
この2年間で、先生の可笑しな言動と行動には、だいたいの目星がつくようになった。
『これはチャンス』と思いながら、ボクは先生の後をつけた。
まるでストーカーそのもの。
靴箱につくと、先生は1人で4クラス分もある靴箱を一つ一つ確かめながら、残された上靴をゴミ袋に詰め、靴箱に入っていたゴミは、別の袋に分別して入れていた。
ボクが、『手伝いましょうか?』と聞くと、『手が汚れるから良いですよ。』と返されてしまった。
ボクはお言葉に甘えることにして、先生の邪魔にならないように、さっきの話の続きをした。
しかし、いつもなら嫌味が飛び交っているはずなのに、今日はその1つも飛んでこない。
変だと感じながらも、先生のする動作の一つ一つが面白くて、ついつい笑ってしまった。
一通り靴箱の中身を見終わると、ゴミ袋の口をくくり、職員室に持って帰ろうとした。
だが、クラスで約15足はある上靴の袋を、4クラス分も先生1人で持てるわけが無い。
ボクがまた、『手伝いましょうか?』と尋ねると、やはりまた、『手が汚れるから止めなさい。』と言われてしまった。
でも、ここで引き下がってしまいたくは無かったので、こう言うときは、子どものように駄々をこねようと考えた。
わがままな人が好きな先生は、こうやると必ず言うことを聞いてくれる。
案の定目論見は成功。
2人で並んで大きな袋をぶら下げながら、中央棟の玄関をくぐると、横に置いてあった台車に積み込み、エレベーターのボタンを押した。
別れのときが、どんどん迫ってくる。
チンと言う音と共に、エレベーターの扉が開くと、先生は台車を押し込み、また外に出てきた。
ボクは、何も言うことが出来ずに、ただうつむくだけだった。
先生は、ボクのほうに右手を差し出して、『握手。』と言った。
反射的に顔を上げたボクが、『えっ?』と聞き返すと、『拍手のほうが良い?』と聞かれてしまったので、ボクは夢中で首を横に振った。
おずおずと右手を差し伸べると、先生はボクの手をしっかりと握り、『体には気をつけて、元気に生活しなさい。また、いつでも戻っておいで。』と言ってくれた。
瞬間ボクは、都合の良い夢を見ているのかと思った。
人に触れられることを嫌っている先生が、自分からボクに触れてくれたのは、これが初めてだったから。
ボクは、泣きそうになったけど、泣かなかった。
だって、今泣いたら、先生に、ボクの泣き顔しか思い出してもらえないような気がしたから。
ボクは精一杯の勇気を出していつものように笑い、『手紙、書いて良い?』と聞いた。
先生は何も言わず、ただ笑ってくれた。
いつものように嫌味を含んだ笑いではなく、優しく、微笑んでくれた。
ボクの心は、不思議なまでに落ち着いた。
先生は一瞬力を込めてボクの手をぎゅっと握り、それから手を離した。
『またね。』と言って、先生は手を振ってくれた。
ボクも、手を振り返えした。
さよならは言えなかった。
また会えると信じていたから。
扉が閉まり、先生の姿が見えなくなった。
家に帰ったボクは、今までに無いくらい楽しい気持ちで、すごく嬉しかった。
でも、先生が握ってくれた右手を見ると、何故か、涙が、止まらなかった。。。

高校生活3年間、本当に色んなことがありました。
ロバ男先生は、この3年間、ボクの心の色んな部分を変えてくれました。
先生に会って、笑えるようになり、学校に行くことが楽しくなりました。
慌しかったけれど、本当に充実した高校生を送ることが出来ました。
先生に会えたこと、心から神に感謝しています。
これからも辛いことはたくさんあると思います。
でも、過去の思い出を胸に、新しい思い出を作りながら、ボクは行きます。
ボクは、生きます。。。
進んで、行きます。
大好きな先生に、心からの『ありがとう』を込めて。。。



散文(批評随筆小説等) 最初で最後の握手。。。 Copyright Lily of the valley 2004-03-25 01:58:04
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