逃げ水
狸亭


いつもそこに見えている すぐ目の前にだ
共同幻想でもあるぞ 南無阿弥陀仏
現実の世間でも至極あたりまえの
他動説 信じて生きてきた果報者

石の上にも三年 その三年間
近づくと逃げてゆく 蜃気楼の無念
増殖する不良債権の群に
いつの間にか組みこまれてしまった 遂に

停年なるユートピアも遠のいてゆき
晴耕雨読 田園暮しの鼻息
張り子の虎にふりまわされて先のこと
念願の詩集刊行はまた別途

近寄ると遠ざかる なにもかも 逃げ水
ハメマラだけがいやに確実に生れ出ず
美人歯医者いとも簡単に宣もう
根っこがガタガタよ 抜くしかないと笑う

夕日はかくも盛大に ビル群の果て
血の色をふくらませながらのアンダンテ
異国の都市の 闇の中に身を横たえ
熟睡できぬ丑三つ刻に危絵あぶなえ

少年の頃のマドンナ 夏目久子
奇々怪々の 新鮮な 大和撫子
五十年間秘められてきた 初恋
何故か君だけが訪れる夢枕 面白い

紙細工の鳥がエアコンの風に揺れ
カサカサと虫時雨 足裏の罅割れ
さびしさここにきわまり 寝床を起きだす
仕事も 夢も 平和も 恋もが逃げだす。

19990429


自由詩 逃げ水 Copyright 狸亭 2004-03-15 17:33:30
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