大トランポリン駅にて
角田寿星


3か月前にあたしをふった
彼氏が旅に出るってんで
40度の熱があって あたしはたたき起こされて
着のみ 着のまま
葛西シルチスのアマゾン鳥が鳴く金町方面
あたしひとり 駅まで彼氏を見送りに

プラットホームには この駅始発の列車が もう待機していて
そのむこうには彼氏が 始めてのデートの時のように
大きく手を振って 笑顔であたしを呼んでいた

ただ あの頃と違っていたのは
駅の構内が全部トランポリンで
あたしも彼氏もぽんぽん弾んで
彼氏なんか完全な球体で 器用にぽんぽん ぽんぽん
あたしはぽんぽん揺られて高熱でうんうんうなされて
彼氏に急いで近付きたくても入場券しか持ってないから
うっかりバウンドが外れて列車に乗っちゃったら死刑だから
膝とおしりで慎重にぽんぽん
発車のベルが今にも鳴りそうだった

「なんだい その格好は」
球体の彼氏はにやけて舌舐めずり
口を裂いて大きな舌から触角を伸ばして言った
そうだ あたし たたき起こされたんだっけ
ベッドでうんうんいってたままの格好だ
髪はぼさぼさ
パジャマの下 はいてなくて
おまけにゴムゆるゆるのパンツで
寝る前にちょっといじった所にシミがついてて
トランポリンが弾むたんび そんなとこがまる見え
胸もお腹も 少しはだけて 隠そうと思ってもうまくいかない
ぽんぽん あたしは丸まって 「お前のシリ サイコー」
そうだあなたは あたしのヒップラインが好きだったんだっけ
あなたは触角の先から目を突き出して にやにや
久しぶりに視線が痛い
たくさんの突起を伸ばして あたしをさわって
長い舌であたしのお腹を舐めまわして あたしはのけ反って
高熱で頭が痛いのに あ と小さく呻いてしまう 彼氏の喜ぶ声

あなたとの思い出は 別れる前に交わしたいことばは
こんなんじゃないのに
ほかにもいろいろあるはずなのに
こんなことありえないのに どうして
ぽんぽん がんがん

でもね
あなたとあたしって
同じ高さにちょっとの間しかいないじゃない
バウンドの高さもリズムも まるで違うから
いつもいつも擦れちがってしまって ほんとはね
あたしも あなたといっしょに行きたいんだけど
列車に乗ったら死刑だから 死刑になっちゃうから
しかたないじゃない さよなら
あたしはあきらめたように少しだけ泣いて にっこり笑って
別れのキスも出来ないで

あたしは ぽんぽん うまく弾めるようになって
彼氏は突起を下に伸ばして ぽーんと飛び上がったかと思うと
不定型になって窓の隙間から にゅるにゅる
列車に爽やかに乗り込んで
発車のベルが鳴って
でもあたしは それを見ていなかった
あたしもいつの間にか完全な球形になって
一つの眼球になって
ゆっくりとあたしにあたしの瞼が覆い被さった
瞼の内が熱いのは 高熱のせいだろうか
あたしの 眼を閉じたその瞼をあなたは
いつまでも覚えていて
ください


自由詩 大トランポリン駅にて Copyright 角田寿星 2004-03-15 17:03:50
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