囚われた声
atsuchan69

夜空にむけて交差するサーチライト
眩しいビームを浴び、汚れて落ちる雪
つめたい降下物の吹き積もる
大雪原の収容所に「声」はない

化学合成された香料の匂いと
いくつかの薬剤を染ませた謎めいたベッド
私はドンゴロスみたいな枯れ草色の毛布を被ると
瞼の裏に隠した楽譜の記号を追って
ひたすら視覚から聴覚へと変換をつづける

今しも看守が燈火をゆらす
五線譜に記された符頭の位置と音価//
突然、鉄を打つような音――
バルブを閉じた筈のスチームヒーターが鳴り、
大音響とともに演奏される約束された調べ

 交響曲第3番 変ホ長調作品97「ライン」

何ものにもまして気高く 美しく荘厳な夜
ドグマに凍りついた唇は秘めた祈りを口ずさむ
溢れる愛に裏打ちされた希望が、まだ残されていた
めらめらと燃える瞳/想いが人から人へ聖火のように伝わり
死をも踏み潰す 偉大な世界の足音が近づいてくる

「あれはシューマン、君の曲だ!

思わず声を発したが、
看守はさほど驚かず
やって来るなり格子越しに私を覗き
「なにを寝惚けているのだ
と手短に戒めた。


自由詩 囚われた声 Copyright atsuchan69 2006-09-29 17:17:54
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