ウロボロス
下門鮎子

ウロボロス、

光のなか、虚の時間、
あなたたちは2匹ずつ笑って
互いの尾を噛み
楕円となって回り続ける
生成と消滅がくりかえされるそこで
それは生まれた
衣を破って
なにもないところから

(始まりや終わりなんて幻)

わたしたちは問わずにいられない
どこからと、どこへと
わたしたちは旅行中

ウロボロス、

はてしない物語の扉で赤く光る
ただ在るだけでなべてを統べる
女王のしるし
あなたはその中にいた

"トゥー・ヴァス・ドゥー・ヴィルスト!"
("汝の欲することをなせ")

(あれから十六年)

あなたがわたしに耳打ちした
世界には始まりも終わりもないということを
まだ信じられずにいる

ウロボロス、

己の欲することを知る
自由の身に生まれし者たち

あなたたちのうち一匹が
その力を解き放つとき
あなたたちの輪はついにほどけ
光は
おそれを知らぬ奔流となり
ほとばしるその姿をあらわにする
無から
一切を突き抜けて

(ここではこんなにもたくさんの子どもが生まれた)

子どもたちはあなたの中で息をしながら
よく見えないあなたの姿を見ようとした
あなたは母であり父であり
わたしたちそのもの

1匹はもう1匹を追い
その尾を再び噛もうと狙う
あなたたちはぐるぐるまわる
らせんの動きをして
前へ前へと進みながら
らせんはわたしたちに
少しだけ未来を見せる

(既視感とは、かつて見た未来への到達? 時空は光?)

ウロボロス、

あなたのところには
光しかなくて
とりわけ
言葉がなかった

ウロボロス、

だれもがあなたの姿を
見たいと望む
そのはかない望みを叶えようと
わたしたちは生きるんだろうか
詩を書いたりして

ウロボロス、

今のわたしには
どこからと、どこへと
問わずにはいられない
ほどけたあなたたちの背中に乗っていて
あなたたちは確かに
どこかから来て
どこかへ向かっているから

(問わずにはいられない)

ウロボロス、

故郷とはなんだろう
わたしにはあなたの姿が
懐かしくて
眠れない

ウロボロス、

返事などいらない
アルデバランまで連れて行って、
あの赤い牛の目のなかで

あなたを想おう
ここは少し騒がしい
でもあなたを想っている
いつも
この騒がしさのなかで

ウロボロス、

わたしたちには見えないものでも
あなたには見えている
見ないふりをしないで
手を貸してくれたら



ウロボロス、

わたしはあなたのことを
あなたと呼ぶけれど
それはこの者が
わたしだから
でもようやく気がついた
あなたのところでは
どちらも幻だということに

(あなたのところではね)

ウロボロス、

どんな神々も
あなたの前では有限

だからわたしは
あなたに祈る
懐かしいあなたに
今もどこかで
互いに尾を噛み
永劫に回るあなたたちに

アルデバランへ、
ああ、
アルデバランへ、
アポロンの奏でる竪琴とともに
アルデバランへ
ヘルメスの有翼サンダル履いて
アルデバランへ
機械仕掛けのゼウスみたいに
アルデバランへ
夫と息子と
アルデバランへ
両親と弟妹と
アルデバランへ
愛する人みんなと
アルデバランへ
お気に入りのシャツ着て
アルデバランまで


自由詩 ウロボロス Copyright 下門鮎子 2006-09-24 14:44:22
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