不思議ハウス
虹村 凌

その部屋のドアには
いつも鍵なんてかかってない

何を見るでも無くつけてあるテレビ
壊れかけのVHSプレーヤーの中から
半分だけ顔を出しているアダルトビデオ
埃をかぶった少し古めのDVDプレーヤーは舌を出している
知らない曲を奏でる最新式のステレオ
多すぎるデータの所為で動きの遅いパソコン
ロクな物が入っていない冷蔵庫は低く唸る

知らない誰かが入ってきて
勝手に冷蔵庫を開けて
適当にドリンクを取り出す
横にドカッと座って
「これなんの番組?」
「ニュースだけど、音消してるからよくわかんない」
そんな会話を垂れ流す

天井からぶら下がるプロジェクターと
その威厳に申し訳なさそうにしている裸の白熱灯
知らない誰かは出ていって
残された空き缶は汗をかいたまま座っている
手も洗わず電気も消さずに
うずくまって眠る

目が覚めると知らないだれかが
おいしそうな匂いのするご飯を食べている
適当に綺麗に見える食器を出して
一緒に朝ごはんを食べる
知らない誰かは二人分の食器を勝手に洗って
食後の珈琲を飲んで出て行った
昨日汗をかいていた空き缶は
とっくに消えてしまっていた


随分昔の事だけど
天国のドアや階段を探していた事があった


知らない誰かがやり残した掃除をして
知らない誰かの洗濯物を取り込む
排水溝に詰まった数々の煙草を
無理矢理水で流して部屋に入る
そろそろ出かけなくちゃ

玄関先に転がっている
知らない誰かの靴が数足
かすかに聞こえる遠慮気味なベッドの軋み
知らない誰かが湯船でぶくぶくしている音も聞こえる
さぁ出かけなくちゃ
知らない誰かにさようなら

その部屋のドアには
いつも鍵なんてかかっていない


自由詩 不思議ハウス Copyright 虹村 凌 2006-09-05 04:10:17
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