夜の傾斜
塔野夏子

夜の傾斜をくだってゆく
くだるたびに傾きがちがうような
いつもおなじような気がする

夜だから傾斜は暗い
ところどころに湿った火がともっている
そのそばにその火を嘗める獣が
いたり
いなかったりする

そしていつも私は
気づくと
得体の知れない幼生のかたち
(呪文めいたカタカナ名前でもついていそうな)
になって
夜の傾斜を這いおりてゆく

湿った火の匂いと
そのそばにいたりいなかったりする
獣の息づかいのあいだを縫って
のろのろと這いおりてゆく

すると
ふいに
傾斜が途切れることがある
(いつもではない)

とたんにあたりは夜なのにあかるくなる
とたんに私はひとのかたちをとり戻す

そこからは平らな道だ
いや廊下というべきか
なぜなら両側に
同じドアがいくつもずっと並んでいる

そのあいだを通って歩いてゆく
扉はどれも閉まっている
扉には数字がしるされているけれど
通りすぎた瞬間に忘れてしまう

このあかるい廊下は果てなくつづくように見えるのに

気づくとまたふいに
夜の傾斜に戻っている
私は幼生のかたちになって
暗い傾斜を這いおりている

湿った火はかわらず
ところどころにともっている
そこにいたりいなかったりする獣が
火を嘗めながら
時にこちらを
見たりする





自由詩 夜の傾斜 Copyright 塔野夏子 2006-09-03 16:17:54
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