シュルの夜
結城 森士

クレヨンの記憶を透視して心酔する
実景を曲解することで救済を求める
孤独に凍える青年の無防備な嘲笑は
赤みを帯びて夜に没する

 ―赤いランドセルの中身が飛散したある朝に
 純粋すぎる挨拶が冷たい空気に消えていく
 どこかぎこちないお辞儀をした数人の少年達は
 北の風に吹かれて道の向こうに消えていってしまった
 (その後姿を静観する自分の落ちぶれた事に頭を振る)

 あの頃教室では顔の火照る暖房が
 ルームメイトの手をジンジンと溶かし
 その痺れる無感覚と痛みに笑いながら
 つまらない教科書を眺める少年は
 そっと椅子を引く少女に恋をした
 熱い機械音と虚ろな唇の感覚を意識しながら
 落ちていく記憶の中に明るい未来を見ている
 意識の旋回する泡沫の明るい未来を見ている
 悴む手で鉛筆を弄くる華奢な笑顔を見ている
 (今でも教室に座って授業を受け続けている)―

涙の猛追を振り切るように述懐する
笑って鼻をかんで唾を吐き捨てる
その横に音楽があり
青年は音楽的寒波に襲われ
虚ろな口唇を唾液で湿らせて
実景を見れない目
熱い思い出と
まるで聞こえていない耳



自由詩 シュルの夜 Copyright 結城 森士 2006-08-30 14:16:28
notebook Home 戻る  過去 未来