地獄行きの男
ajisai

傲慢で欲張りな男がいた
金貸しをしているその男は
期限を延ばすことは絶対にしなかった
金が返って来なければ
代わりの品を取り上げた
女、子供の時もあった
男の借金の為に首を括った者もあった
それでも男はお構いなしだった

三十年ほど前に遡る
この男は捨て子として孤児院に拾われ
そこで同じような境遇の子達と育った
同い年の少女とはとても仲がよかった
少女は天使のような金髪に青い目
透き通る白い肌でお人形の様に素敵だった
十二歳になると簡単な仕事を貰って
お互い一生懸命働いた
十六歳になったら孤児院を出て
自立した生活をしなくてはいけない
そのための軍資金を稼ぐために

孤児院を出る日も近くなったある日
少女のもとにある仕事が舞い込んだ
さる資産家の住み込みのメイド
少女はその仕事を引き受けることにした
男は少し寂しい気持ちになったが
少女は休みの日には一緒に遊びましょう
そう約束して二人は別れた
彼女はメイドとしてその家で
一生懸命働いていたはすだった

翌日、男の元に訃報が届いた
少女が死んだと告げられたのだ
噂ではメイドという名目で少女を呼び
妾にしようとしたのだという
頑なに拒んだ少女は自害したのだそうだ
男は泣いた、泣いて泣いて涙が枯れても
なおも叫び続けた
男は何も信じられなくなった
この世は金さえあれば何でもできるんだ
金のないものは弱者で何もできない
お金だけが意味のある世界なんだと
この世を全てを憎むようになった
そして現在に至る

ある日、男の前を黒猫が横切ろうとした
不吉だと幾つもの石を猫にぶつけ
遠くへ追いやった
村人たちはそんな男を嫌い
いつか天罰が下るだろうと噂した

ある新月も近い夜
男は酒場で酒を飲み、ほろ酔い加減で
暗い中を家へ帰ろうとしていた
途中、夜露で湿った草に足を滑らせ
後ろへと倒れこんだ
運の悪いことに倒れた時
大きな石で頭をひどく打ちつけ
どくどくと血が溢れだし
石を伝い地面へと流れていった
混濁する意識の中で
必死に助けを呼ぼうとするが
声がかすれて大声を出せない
そこへいつかの黒猫がやって来た
「お前でもいい、助けてくれ」
かすれた声で猫に命乞いをした

黒猫は月の様な冷たい目で男を見つめ
ぐっと背筋を伸ばし尻尾をぴんと反らした
その背からは黒い翼が生え
徐々に黒髪に黒装束の少年へと変化した
少年は死神、死の使いだった
男は恐怖のあまり声も出ず
ただ少年を見つめ返すばかりだった
「さあ、行こうか。」
少年は無造作に男の手を握ると
魂を体から引き剥がした
男は死神に連れられて夜空へと舞った
「助けてくれ、連れて行かないでくれ」
「俺は死にたくなんかない」
男は次々と命乞いの言葉を並べ立てた
少年は答える
「お前は、そう請うた人々を
 誰も助けなかったじゃないか
 それに死は誰の元にも
 平等にやって来るものだ」
男は答えに窮し、それでも助けを乞う
「ではせめて私を天国へ連れて行ってくれ
 私は村一番の金持ちだったんだ
 その権利はあるだろう」
少年は黙って男を連れて夜空を飛ぶ

その先には黒髪、黒衣に大振りの鎌を持ち
角と牙を生やした青年が待っていた
その青年は悪魔だった。
「地獄へようこそ。」
男に向かって悪魔はにやりと笑いかける
死神は男を悪魔に引き渡す
「何故私が地獄ゆきになるんだ
 今までの事は全て悔い改める
 お願いだ、助けてくれ」
泣き叫ぶ男を悪魔は容赦なく
地獄へと引きずっていく

人間とは愚かで憐れだ
いつだってやり直そうと思えば
やり直せたはずなのに
資産家への恨みが、少女の死が
男を金の亡者にさせたのだろう
少女は天国で悲しんでいるだろう
死神の少年は想う
そして自分の役割の辛さを
苦々しく噛みしめた



自由詩 地獄行きの男 Copyright ajisai 2006-08-29 22:37:35
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