月に負け犬
粕身鳥

『此の河は絶えず流れゆき
 一つでも浮かべてはならない花などが在るだろうか
 無い筈だ
 僕を認めてよ』

上は椎名林檎さんの月に負け犬という曲の一部分だ。
この曲を聞くと私はいつも涙が溢れてくる。

変態デブスオタク。学園生活の中で私に向けられた言葉の一つである。
学園生活だけではない、実の兄にさえ何度も屈辱的な言葉を浴びせられた。(デブ、ブス、バカ、消えてしまえ!)
幼い頃からそう言われ続けた私は洗脳されてしまったのかもしれない。
ああ、私はデブだ。
ああ、私はブスだ。
ああ、私はバカだ。
ああ、私は・・・

ああ、私は汚物だ。

いくら家族にそんなことないといわれても、私の中の私の存在価値は変えられなかった。
それは今もそうだ。

思春期に入ると悲しみや苦しみが憎しみに変わった。
同時に、殺人願望が芽生えた。
殺せば何も言わなくなる。私は侮辱を受けなくなる。
そう思いクラスメイトを殺そうとした。(妄想の中で幾度その返り血を浴びたか)
首を踏みつけ、胸にボールペンを刺そうとした。
しかし、どうしてもその胸を刺すことができなかった。
それから私は、自ら人間との接触を絶った。
この瞬間、私は『負け犬』になった。

それからは人の目が気になり、怖くてたまらない。
周りの人が私を見て笑ってる。
あの人たちは私の事を「気持ちの悪い物体」だと見ているんだ。
そんな妄想が絶えず脳裏をよぎる。

ああ、私は気持ちの悪い物体だ。

このCD買おうかな。でも気持ちの悪い物体は聴いちゃ駄目だよね。
こんなもの気持ちの悪い物体は飲んじゃいけないんだ。
店員さんに聞こう。あ、気持ちの悪い物体に話しかけられたらかわいそうだね。
聞かないでおこう、諦めよう・・・。

私に認められる価値なんて無い。認められたい。認められない。
なんで、なんで、『僕を認めてよ』!

毎日、それの繰り返しだった。精神は限界だった。
一時期食べる事も出来なくなった。それでも減らない体重に苛立った。
美容に気を配った。変わらない顔を引っぺがしてやろうかと思った。

そんな時、私はあるサイトで『月に負け犬』という曲を知った。
聴くと耳が痛くなった。
正に、今の私の心境だった。
誰にもわからないと思ってたそれを、見た事もない人間がズバズバと言い当てている。
認められた気がした。
ほんの少し、人が怖く無くなった。

次の日、私は学校のカウンセリングルームに行った。
久々の学校。久々の制服。久々の登校路。
怖かったけど、少しずつ進んだ。『月に負け犬』を聴きながら。

それから暫く経ち、友達が出来ると、心を開くことの喜びを知った。
くだらない話しが楽しかった。
疑う心や自分を嫌う心はまだ十分にあるけれど、それを忘れられる時間ができた。

私は社会に戻れた。
私の存在を確かめられた。あの一曲のおかげで。

今も不安な時あの曲を聴くと涙が溢れてくる。
何度でも私を認めてくれるから。


散文(批評随筆小説等) 月に負け犬 Copyright 粕身鳥 2006-08-29 22:20:39
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