なにものでもないもの あなた 息の果て
木立 悟





丸い生きもの
閉じかけた
小さく細いまなざし
右よりも左が大きい
風で傷んだ
艶の無い肉体
自分のための四肢を失い
うるおいだけがあふれんばかりの
何も感じず
何も見えない瞳を持った
少年の死体のような少女
あなたの生を知ろうとは思わない
知ったところで何ができよう
見る間に消えていこうとするその口を
とどめておくことすらできないのだから


死はまだ見えないが
生もまだ見えない
綿の無い布団に寝かされたあなたのからだは
わずかなひかりも
わずかな湿り気も受け入れようとしない
あまりにも長く暗闇のなかであなたと一緒にいたものだから
いつのまにかあなたがどんな顔をしていたのか忘れてしまった
生きている瞳と
死んでいた頬以外
忘れてしまった


時折あなたを追ってきた風が戸を鳴らすと
あなたの胸は少しだけ上を向く
風の音があたりを飛び交い
あなたは動かず
わたしは動けず
立ち上がったままのすがたで
じっと じっと
まばたきもできずに
満ちてくるものすべてを聴こうとする
天井を手でおさえ
あなたの足が指している壁に向かい
誰が背に触れにくるのか
あとどのくらい経ったら溺死するのか
おびえたままで立ちつづける
昨日と同じように
明日も同じように
この不思議なにおいのする暗闇のなかで













自由詩 なにものでもないもの あなた 息の果て Copyright 木立 悟 2006-08-16 20:38:52
notebook Home 戻る  過去 未来
この文書は以下の文書グループに登録されています。
1986年の詩