無題

その時開いた異空への扉は
やすやすとやすやすと
ベッドから抜け出すように
(あまりに楽しみでいつもより
 ずっとはやく抜け出してしまった)
やすやすと少女を引き込む
少女は慌てる
もがく
わけがわからない
一瞬にして失う
ママ、ママ、ママ

誰かが言う
注意をしたのに
聞こえなかったのね
聞かなかったのか
私はここにいたわ
言われたようにちゃんとここに
言われてないことは
しないほうがいいから
わからないから

子供たちははしゃいでいました
みんな夏がすきでした
まだあの娘はなにも
まだあの娘は
なにも
ママわたし、もぐれるのよ
ママ見ててね
ママ、ママ見ててね

誰かが言う
任せてましたから
まさかこんなことになるとは
でもどうしようもありません
万全でありましたから
あの場合しかたないのです
止められなかったのです
なぜか開いていたのですから

扉の先はナルニアじゃない
少女その中で
何を見たか
その先にあるものに誰が勝てようか
ましてや細く小さな手足で
ママ、ママ、ママ

誰かが言う
誠に遺憾です
この際全てを撤去して
責任なき世界を作りましょう
もしくは違う顔に変えてしまいましょう

無くさなくてもすんだ魂
少女はまだ知らなくてもいいはずの絶望を
大人達も持て余すそれを
押し付けられる

誰かが言う
痛ましいことです
痛ましいとしかいいようがない
ただ一つ幸いな事は
それが一瞬だったということです

あぶくが弾け
なにもかも遠ざかる
蝉は鳴くのをやめ
夏は凍り付く
幾重の層に閉じ込めるべき
少女の涙
プールの水ごと飲み干せ

彼女はその扉の向こうで
たったひとりだった


自由詩 無題 Copyright  2006-08-02 00:29:51
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