ある気功術師の悲劇〜この気なんの気気になる気〜
千波 一也

豊かなくにの人々は選り好みをする
もともとは貧しかったものだから
それを遠い昔に捨てるため
それとともに
薄れてしまったものが在ることを気付きもせず
豊かなくにの人々は



ある気功術師は語る

気を送る、と綴れば
いかにも特殊なちからのようだが
贈ると綴れば
それほど特殊なちからでもないだろう

こんにちは
ありがとう
ごめんなさい

はじめまして
おげんきですか
どうぞよろしく

誰かに贈るその言葉の裏側に
少なからず
見返りをもとめてしまうことは
とても健全なこころではなかったろうか
縛られ過ぎてしまわぬ限り
それは健全なこころではなかったろうか

値札を
しっかり確認するようになってしまったのは
いつからだろう

豊かなくにの人々は選り好みをする



 この気、
 リボンの色がすこし嫌い

 こんなに丁寧に包み紙を施して
 いったい
 なんの気、だろうか
 注意しなければ

 恋かも知れず
 愛かも知れず
 気になる、けれど
 やすやすと見せてしまうわけにはいかない
 あこがれはたかねの花




ある気功術師は語る

この世には流れが絶対的であるが
ときは何処へと辿り着くための流れだろうか
かわは何処へと辿り着くための流れだろうか
生き死には
太陽の行方は
月の満ち欠けは

豊かなくにでは新しきものが歓迎される
故きはたやすく滅びゆく


 この気、には
 もう飽き飽きしている

 なんの気、があって
 そんなにこだわり続けるのだろう
 ぼろぼろになってしまって
 みっともない

 身近な人なら尚のこと
 会ったこともない人であっても
 その暮らし向きや
 その他のさまざまが
 気になる

豊かなくにの流れは何処へと辿り着くだろう



ある気功術師は手をかざす
老爺の背中に
老婆の膝に
昔はこんなじゃなかったよ、と囁かれながら

ある気功術師は手をかざす
少女の耳に
少年の肩に
あしたは晴れるかなあ、と質問されながら

それらはまったく珍しい風景ではない

手があるならば
温度のちがいを知り得るその手があるならば
まったく珍しい風景ではない



癒しのすべは溢れていても
豊かなくにでは目立たない
それが悲劇
ある気功術師の
ある気功術師たちの悲劇


貧しいくにの人々がテレビに紙面に映される

懸命に生きようとする瞳のいろに
何かを思いかけたところで
豊かなくにの人々は
あしたの豊かさのそのために
テレビを離れ
新聞を閉じ
数分も経たぬ間に
思いかけた総てを忘れてしまえるだろう


そうして
眠りの間際に手を握る
まだまだ掴み損ねているものの数を嘆くように
ちからいっぱい手を握る


癒しのすべは溢れていても
豊かなくにでは目立たない
それが悲劇
いのちたちの悲劇

ある気功術師は語る





自由詩 ある気功術師の悲劇〜この気なんの気気になる気〜 Copyright 千波 一也 2006-07-09 20:40:56
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