銀魚
マッドビースト

 夕方街ですれ違う人の顔を
 ひとつひとつ眺めながら駅に向かった

 疲れて渋い顔をした顔
 厚化粧の顔
 おしゃれな眼鏡
 莫迦みたいな飾りをつけて
 熱心に本を読む
 独り言いいつつ
 ティッシュ配りの笑顔

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 公園の土は
 雨の後で黒さを増し
 湿った匂いがあたりを満たしている

 夏が終われば公園の木という木に
 透明な虫の抜け殻が見つかる
 
 それを集めては
 中身の虫が美しく成長し
 どこに行ったのかを想像する
 或いは羨望する

 そろそろ彼らは這い出しているのではないだろうか

 ひとには脱皮という習性はない
 冬眠もない
 その代わりに反復に伴う学習がある
 捕食も闘争も表立ってはない
 その代わりに老いることで成熟することを編み出した

 夏に飛び回る虫たちは
 抜け殻に
 繭に
 色々な重たいものを打ち捨てて
 それまでの自分と決別して
 飛び立つのではないか
 だから抜け殻には
 繭には
 光沢がある
 打ち捨てられたそれまでの命の光沢がある

 ひとはそれを溜め込み
 熟成させ
 溶かしこむことで
 前進しようとする
 ときに
 溜め込み消化しようとすることが
 何かを損なっている気がするのは
 どうしてなのか
 
 しかし僕には脱皮する習性はない

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 街ですれ違うひとの中に
 J・F・Kはいなかった
 ジョージ・フォアマンはいなかった
 エバ・ペロンはいなかった
 
 だれも脱皮するものはいない

 僕は電車に乗って家に帰り
 近くの市営ジムで夜のプールを泳ぎまくった
 水が肌をすべり
 熱に混ぜ別のもの抜き取っていった
 銀色の魚になった気分がした 
 名前のない魚だった


未詩・独白 銀魚 Copyright マッドビースト 2006-06-21 23:47:46
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