あと一年
狸亭

念願の停年まであと一年
のんびりと言い暮してきたのに
いまごろになって。

このプロジェクト
あと一仕事おねがいします。

ちょっと待ってください
このところずうっと指折り数えてきたのです
いろいろ人生の予定もありまして
そう簡単にはいそうですとは応えられません。

余人をもって変えられないのです。

殺し文句だなあ
一体あなたはあと何年生きるつもりですか。

そんなこと考えたことありませんね。

十八歳のとき手相を見てもらったことがありますが
その易者は
きみの寿命は七十歳まで保証すると言いました
かれこれもう四十年も宮仕えをしてきたのですから
せめてのこりの十年くらいは
楽隠居をきめこみたいのです。

そんなこと言って仕事を辞めてしまうと
人間だめになりますよ
人生仕事第一です。

仕事にもいろいろありまして
管理される職場はもうたくさんです。

自由にやってくだすっていいのですが。

自由にと言ったってそうはいきません
読みたい本が溜まってしまいとてものこと
毎日朝から晩まで読んだって
十年くらいじゃ読みきれない
それでも十年読んで読みきれなくても
いずれ目がかすみ
読みたい気持がおとろえてしまったら
そのときはそのときで
自然に諦めもつくのでしょうが。

あなたはまだ十分お元気だから八十歳まで生きますよ。

親父は七十八歳で死にました
お袋は六十九歳で死にました
平均すれば七十三・五歳になりますが
どちらかというと体質はおふくろに近いので
七十歳はほんとうにいいところなのですよ。

いいです七十二歳まで保証します。

とにかく仕事はよろこんでひきうけますが
期間については留保させてください。

そんなこと言わないでおねがいしますよ。

とまあこんなことになっちゃったのだけれど。

さあわたしはノーコメントですね
でもねえあなたのようなひとでも
ひとさまのおやくにたてるのだったら
おやりになったらいいのにとおもうけれど
あとでわたしのせいにされてうらまれるのもいやだから
やっぱりノーコメントです。

何処にいたって
どんな暮しをしていたって
三カ月に一度
二十行から精々六十行の作品を
一篇か二篇書くことはできるだろう
本なんぞいくら読んだって同じだし
もう読む必要もないんじゃないの
きみがいればまたみんなで尋ねて行くよ
あんがい面白いんじゃないの。

うーんまあね。

辞めたほうがいいと思うよ
結局金だろう金が欲しいんだろう。

いや金だけじゃない。

他に何があるってんだ
文学は飢えなきゃ本物にならないよ
飢えることがこわいんだろう。

ハムレットの心境だ。

(平成十年度から年金制度と失業保険が関連づけられ失業保険を受けている期間は年金は受けられないことになる。停年は平成十年二月末日であるから平成九年度内となり即日退職すれば失業保険と年金と併せて受給できる。仕事を引受けて毎日管理されこき使われても失業保険と嘱託制度により支払われる収入は変らない。制度の切替えの狭間にあたりやはり金のことを考えている。)

自由と金銭の関係について

残りの人生を一〇〇としてその八・三パーセントの
人生をどちらに賭けるか迷っている。

あなたならどうする。

我とは一個の他者である。

19970426


自由詩 あと一年 Copyright 狸亭 2004-02-23 12:16:58
notebook Home 戻る