ヴィーナスの誕生 ☆ 
atsuchan69


なぜか生き延びて、
 帰宅すると
 既に ことばが在った
 このことばに アソビ半分 というよりも、
 理由のない つよい衝動によって
 試みに 瞼を閉じ 映りつづくことばの像を消すと、
 寂しくひろがる 砂塵の 自由気ままなキャンバスに 
 
 虹の滲みが ぼんやりと たえまなく変化し
 
 あらわれては消え、ふたたび 波紋をひろげては、
 つかの間に永く ここちよい余韻を残した

 やがてそれはカタチを伴って
 エロく美しい 裸のイメージが生まれた
 
そしてイメージは、鮮やかな光彩を放ち、ついに 声を発した、

「自らの様式に閉籠もる、ひとごろしたち。
 イメージのかけらの 微塵もない 黒衣の祭司たちよ!
 おまえの眼は 夜、何もみえない
 おまえの口は、ただ自分を守るためにある
 しかし遊女の眼は 真昼のさなかに
 ゆらめく燭光に染まる 無限のキスとキス、
 サハラの風をおびた肌 うごめく肌のかさなり
 隠された時と場所 ラングへ侵犯する『意味』さながらを見ている
 パールパウダーをちらした 濡れた唇、その淫らな口は、
 いとも易く ほとばしる俺のホットなやつを呑む

逃げだした揮発性の男は、
 遊女らとともに深紅の花びらをちらし、
 町のそこかしこで 斯様にさけんでまわった
 すなわち、
 ビルの谷間で 埋葬式で 地下鉄の階段で
 オペラ座で モンマルト広場で 嘆きの壁で エーゲ海の船上で

  「起きろ!
  寝たふりするな、
  不眠症だなんて ほざきやがって
  教えてやるぜ 簡単だ、やってないからさ
  それは欲望に忠実でない オマエ の罰だ
 
  「起きて洗面台へゆけ、
  鏡を見ろ おまえ自身を覗け
  心配はいらない
  やれるよ ちゃんと抱いてもらえるって

  「いいか 俺の言うことを聞け、
  鏡のなかの自分に語りかけろ
  それは欲望に忠実でないオマエの罰だ」と

  「着替えろ、外へとびだせ
  世界中の男たちが オマエを待っている
  やりまくれ、尻を突きだせ、
  とびっきり ミニのスカートで、男たちを挑発するんだ!

  「くわえろよ、オレの逞しいやつを
  のめよ、オレの熱いやつを

  「唱えろ!
  それは欲望に忠実でないオマエの罰だ」と

遊女らが花びらをちらし、
 逃げだした、揮発性の男のまわりを 囲む 野次馬
 そして夕暮れ 電光掲示板 消えてゆく 文字。
 なにもかも疲れ 疲れはてたからだに きっとことばは、
 意味もなく 夢を抱かせ 孕み、唐突に 懐妊を 告知する
 たとえ それがナチズムであろうとも
 生まれてくる子どもに 罪はない

やがて 彼処に 極彩色の羽の天使たちが舞い降りてくる
 それは おまえたちを容赦なく啄むために、
 嘲笑うために 裁くために

すでに毒水を買った ラベルに いのち と記されている
 隆起した地面が剥げ落ち 奈落がのぞくと
 吐息にまみれた まっしろな憎しみは もはやなく
 忘れられた祈りが 風にさらわれて 遠く儚く 消えていった

傷のいたみも失せ、わだかまりもなく
 平和とおびえ 労わるような日々の暮らしが、乾いた瀝青の上に 
 まだ 残されていた。
 無限に落ちてゆくものたちは いつも きまって飢えている

 その影に キシキシ 歯噛みする夢、
 イメージ 真にせまったイメージ‥‥

 ――とびたつ園児、空への飛行

 恐るべき幼さの真顔 つぶらな瞳に映るのは
 終わろうとする場所 壊れかけた日々 踏みじられた、無残な草花
 そうだ、いまにも崩れそうな この幼さが 街を救う、
 夕暮れに裁きを待つ人々の ひどく蒼ざめた顔
 不安げに 見上げる空、
 
奇跡だ! 
 呪われたことばたちが 燃えるように
 残忍な 神々の狂気、ルビーレッドの空へ
 めらめらと 音もなく 昇っていく

 ジェットをしのぐ速力 核をも熔かす 徽緑の指 その先!

まさにあの子らだ、
  「暁の子供たち、
  おまえが 生むべき 新しい 人類だ! 


自由詩 ヴィーナスの誕生 ☆  Copyright atsuchan69 2006-06-09 00:57:57
notebook Home