家族譜
音阿弥花三郎

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逃げる父
母は捨てた
兄は堕ちた
姉は隠した
子どもは愛されている?

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高い水草の生える湿地帯で生まれた男や女は
高い水草の生える湿地帯で外を向いて車座になった
ここに家族が始まる

父と呼ばれる者 それは逃げる者だ
過去のない父は誰よりも家族の来歴を恃んだが
家族と湿地の町から逃げる
連れの女は父から逃げる

母と呼ばれる者 それは捨てる者だ
母は少女期を捨て家族の来歴を手に入れた
でもまだ捨てなければならない
湿地に積まれる母の廃棄物はうずたかく聳える

兄と呼ばれる者 それは堕ちる者だ
兄は「他所の場所」を信じてジャムプした
そのために兄には筋肉が必要なのだ
しかし湿地の町に落下してしまうのだ

姉と呼ばれる者 それは隠す者だ
姉は墓地に隠した 血にまみれた勾玉を
恋人たちにまみれ 
まみれた生活を隠す

子どもは湿地帯に産み落とされた
父と母は祝福し
兄と姉は失笑し
子どもは家族の唾にぬれて
家族となった


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ひと月ごとに母は卵をつくり
日をおかずに父は精液を奔出させ
とめどない二人の行為は
とめどなく醜い子どもを産み続ける
産まれた子どもは葦の揺り籠の中で
水鳥の鋭い視線からまぬがれた
あるいは堕ちた鳥に連れ去られた

兄と姉の囁く声が部屋の空気を縫っていく
それは真冬の布団の中での暖のとり方だ
翌朝兄は自転車に乗って
湿地帯を出ると姉に語った
姉は子どもをあやしながら聞いていた
姉は兄の言うことなど信じていない

闇の中で父は咳払いをした
これから兄を叱るつもりだ
しかしその結果をいつも恐れている

母の寝姿は覗かれていた 
母はゆっくりと起き上がり
台所へ行きアサリを煮た
見る間にアサリは口を開けた
アサリの身が肉をきわだたせ煮立っていた

姉は新たな家族をつくるために
湿地帯を出た
しかし父と母のつくった家族とそっくりの家族を
別の湿地帯につくるだけだ

兄はうつむいて女の跡を着けた
兄の机の引き出しの中に
女の家にしるしの付いた地図と
女の一本の髪の毛があった
不自然な兄の妄想はそれらによって強固だ

子どもは玩具を手放さなかった
しかし玩具は不穏な形状で重すぎるのだ


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父は逃げず?
母は捨てず?
兄は堕ちず?
姉は隠さず?

子どもを円陣の中にし
高い水草の生える湿地帯で
外を向いて車座になる家族は唱えた
「家族が新たに始まる」と
誰も聞いていないその声に

水鳥は飛び立たず
声を上げず


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新たに家族は見苦しく生まれる


自由詩 家族譜 Copyright 音阿弥花三郎 2004-02-19 05:00:02
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